人の顔が覚えられない母と次男——芸能人も保育園ママも全員同じに見える世界

ASD次男の記録

📌 この記事でわかること

  • 人の顔を覚えられない「相貌失認」とASDのつながり
  • 芸能人も保育園ママも全員同じに見えていた母の話
  • 次男も同じ——親子で「当たり前の世界」を生きてきた
  • 「顔がわからない」を乗り切る実際の方法と、性差の心配

テレビを見ていてもドラマの俳優が区別できない。スポーツ中継の選手が誰が誰かわからない。政治家の顔もほぼ同じに見える。

ずっとそれが「当たり前」だと思っていた。

でも次男を育てながら気づいた。これは当たり前じゃなかったのかもしれない、と。

芸能人の顔が全員同じに見える

キッチンでお茶を飲みながら考えるお母さん

芸能人が全くわからない。ドラマを見ていても、誰が主役で誰が脇役なのかわからなくなる。特に似たような雰囲気の人が複数出てくると、もう完全に迷子だ。

スポーツ選手も同じ。ユニフォームを着て動いていると、顔ではなく番号で区別するしかない。政治家に至っては、ニュースで何度見ても「この人誰だっけ」になる。

区別できるのは、すごく特徴的な人か、仲良くなった人だけ。長い時間一緒にいて、声や話し方や癖まで知っている人なら、やっと「この人だ」とわかる。でも初対面や数回しか会っていない人は、かなりあやしい。

子どものころからずっとそうだった。みんなそういうものだと思っていたから、誰にも言わずにきた。

保育園時代、誰が誰かわからなかった(母)

次男が保育園に通っていたころ、私は保育園のママたちの顔が全員わからなかった。

名前もわからない。誰が誰のお母さんかもわからない。先生たちも「何人かいるな」とはわかるけど、誰が担任で誰がサブなのか、毎回あやふやだった。

だから私が取った作戦は、「話しかけられたら笑顔でうん、うん、元気ですかー」だった。

向こうが声をかけてくれるまで待つ。声をかけてくれたら、笑顔で返す。名前がわからないから「○○くんのママ」とは呼べない。相手の話に合わせてうなずいて、なんとか乗り切る。

子どものころから同じことをしてきたから、これが私のデフォルトになっていた。友達関係も、職場も。「先に話しかけない」「相手が来てくれるのを待つ」——それで大きなトラブルにはならなかった。なんとかなってきた。

でも当時は「私って人見知りなのかな」くらいにしか思っていなかった。顔が覚えられないことが原因だとは、気づいていなかった。

困ったのは参観日や行事のあとの立ち話だった。グループでわいわいしている中で「誰がどのお母さんか」が全くわからない。笑って「そうですよね〜」と言いながら、誰に向かって話しているのかわからないまま乗り切ることが何度もあった。帰り道に「今日うまくやれたかな」と毎回ひやっとしていた。

次男も同じだった——親子で「当たり前の世界」

次男が保育園のころ、友達の名前をほとんど覚えていなかった。「今日誰と遊んだの?」と聞いても、名前が出てこない。よく遊ぶ子でも「あの子」「背が高い子」と特徴で表現する。

最初は「まだ小さいから」と思っていた。でもASDの診断が出て、発達のことを調べていくうちに「あ、顔の認識が苦手な子もいるんだ」と知った。

そして気づいた。私も同じだ、と。

次男にとって、顔が覚えられないのは「当たり前の世界」だった。私にとってもそうだった。だからふたりとも、誰かに「それって大変じゃない?」と言われたこともなかった。不便だとも思っていなかった。

⭐ 自分の「当たり前」は、みんなの当たり前じゃないことがある。それに気づくのが、こういう特性の難しいところだと思う。

相貌失認とASD——なぜ顔を覚えにくいのか

人の顔を認識・記憶することが難しい状態を「相貌失認(そうぼうしつにん)」と呼ぶ。英語では「プロソポグノシア(prosopagnosia)」とも言われる。

ASDの人はこの相貌失認を持っていることが多い。理由のひとつは、顔全体を「ひとつのまとまり」として処理するのが苦手なこと。定型発達の人は顔を見るとき、目・鼻・口・輪郭を一体で瞬時に認識する。でもASDの傾向がある人は、パーツを個別に見る処理になりやすく、「この人の全体的な顔」として記憶に残りにくい。

また、ASDの特性として「目を合わせるのが苦手」「相手の顔よりも話の内容や物に意識が向く」という傾向もある。顔を見る機会そのものが少ないから、余計に覚えにくくなる。

私の場合も「顔」より「声」「話し方」「持ち物」で人を認識していることが多い。同じ服を着てきてくれると「あ、この人だ」とわかりやすい。逆に久しぶりに会った人が髪型を変えていると、全くわからなくなる。

次男と話していると「あの子、背が高い子」「声が大きい子」という言い方をよくする。顔ではなく別の特徴で覚えているんだと思う。それは私と全く同じやり方だった。親子でそっくりな「人の認識方法」を持っていた。

男の子は女の子みたいに誤魔化せるか——性差の心配

私が今、次男のことで心配しているのが「性差」の問題だ。

私は女だったから、「愛想よく笑顔でうんうん」という方法で乗り切れた。女の子は少しくらいぼんやりしていても、にこにこしていれば「感じのいい子」で通ることが多い。名前がわからなくても、話しかけられるのを待っていても、そこまで違和感を持たれにくい。

でも男の子は違うかもしれない。

男子の友達関係は「一緒に何かをする」ことが中心になることが多い。「誰と遊ぶか」「あいつ知ってるか」という会話が発生しやすい。顔が覚えられないと「あの子のこと知ってる?」に答えられない。名前を呼び合う関係になりにくい。

次男は今、中学2年生でバスケ部に入って楽しくやれている。チームメイトのことは長い時間一緒にいるから、なんとか区別できているようだ。でも初対面の相手、クラスが変わったとき、新しい環境に入ったとき——そのたびに「あれ、誰だっけ」という瞬間が必ずあるはずだ。

女子のように「愛想でごまかす」技が使いにくい分、次男がどうやって乗り切っているのか、正直まだよく見えていない。本人に聞いても「別に困ってない」と言う。そう言えるのが次男らしいというか、本当に困っていないのか、困っていることに気づいていないのか、今もよくわからない。

ただ、困ったときに「顔が覚えられないから難しい」と言える言葉を持っていてほしいと思っている。私は長年、それを言語化できなかった。「人見知り」「コミュ障」という言葉で片付けてきた。次男には、もう少し早くに「自分の見え方の話」ができる親でいたい。

まとめ

相貌失認は「努力が足りない」「不注意」とは違う。脳の処理の仕方の問題だから、「もっとちゃんと見て」では解決しない。それを知っているだけで、子どもへの関わり方が変わると思う。

⭐ この記事のポイント

✅ 人の顔を覚えられない「相貌失認」はASDに多く見られる特性
✅ 私(母)も次男も、顔が覚えられないのが「当たり前の世界」で生きてきた
✅ 「話しかけられるのを待つ」「笑顔でうんうん」——女だったから通用した乗り切り方がある
❌ 男の子は女の子と同じ方法で誤魔化しにくい場面も多い
✅ 「困っていない」と言う次男を、信じつつ見守っている

顔が覚えられないことを「個性」として受け入れるには、時間がかかった。でも今は「そういう見え方の世界がある」と知っているから、次男が困ったときに話せる気がしている。

同じように「うちの子も人の顔を覚えない」と感じているお母さんに、届いていたら嬉しい。

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