※本記事にはPRが含まれます
📌 この記事でわかること
- 支援級への転籍、期待していたことが叶わなかったリアルな話
- 「次男くんはできるから」でほぼ通常級に——母として複雑だった気持ち
- それでも支援級に移って良かったと思う、たった一つの理由
支援級への転籍が決まったとき、私には期待していたことがありました。
1対1で、苦手なところをじっくり見てもらえる。授業についていけない部分を、個別にフォローしてもらえる。
でも実際は、そうはなりませんでした。
次男はほぼ通常級で過ごし、支援級で過ごす時間はごくわずかでした。期待していたことは叶わなかった。でも今振り返ると、それでも支援級に移って良かったと思っています。
今日はその複雑な気持ちを、ありのままに書きます。
😶 校長から担任には——何も伝わっていなかった
支援級への転籍が決まり、新学年が始まりました。
でも、支援級の担任の先生は、次男のことを何も知りませんでした。
校長との直談判で決まった「両籍」という対応。でもその経緯は、支援級の担任には一切引き継がれていなかったんです。「なぜこの子が支援級に来ているのか」という背景が、まっさらな状態からのスタートでした。
学校の中でどれだけ情報共有がされていないか、あの瞬間に改めて思い知りました。
💭 私が支援級に期待していたこと
次男はASDの診断を受けていますが、幼児期にあった多動は落ち着いていました。授業を妨害するわけでもなく、一見おとなしく座っている。でも実際は、長男と同じで——わからないまま授業が終わっている、というタイプでした。
「静かにしているから大丈夫」ではない。わからないと言えないまま、一人でついていけなくなっている。
だから支援級に期待していたのは、そこの部分でした。少人数で、1対1に近い形で、苦手なところを丁寧に見てもらえる時間。支援級は7人の小さなクラスで、個別に関わってもらえるはずでした。
😔 「次男くんはできるから」——通常級へ
現実はこうでした。
次男は支援級7人の中では「手のかからない子」でした。授業を止めるわけでも、パニックになるわけでも、強いこだわりを見せるわけでもない。支援の先生からすると「次男くんはできるから」という判断になっていきました。
結果、授業はほぼ通常級。支援級で過ごすのは朝の時間、昼休み、そして支援全体のイベントのみ。私が期待していた「1対1の個別指導」の時間は、ほとんどありませんでした。
支援級の先生も悪意があったわけではないと思っています。でも7人いれば、より手がかかる子が優先される。それは現実として仕方のないことでした。
⭐️ここが大事!
「支援級に入れたら手厚くフォローしてもらえる」とは限りません。おとなしく手のかからない子ほど、支援の優先順位が下がりやすいという現実があります。ASDやADHDの「静かなタイプ」の子を持つ親には、ぜひ知っておいてほしいことです。
🎪 支援のイベントが、正直しんどかった
支援級の行事やイベントは、全員参加が基本でした。
でも次男にとって、これは少ししんどい時間でした。
普段ほぼ通常級で過ごしているので、支援級の子たちとは馴染みが薄い。でもイベントでは一緒に過ごすことになる。通常級の友達とは仲良くやれているのに、よく知らない子たちとの時間になる——その違和感が、次男には負担でした。
後から聞いた話では、支援のイベントは先生方のノルマ的な意味合いもあったようです。支援級の子全員が参加する形を作ることに、学校側の都合もあった。
こういう「子どもの実態」と「学校の都合」のズレは、どこにでもあります。わかっていても、もやっとしてしまう部分でした。
🌿 それでも「行き来できる場所がある」ことが次男を守った
期待していたことは叶わなかった。イベントはしんどかった。
それでも、支援級に移って良かったと思う理由がひとつあります。
次男は「困ったとき、支援の先生のところへ行ける」という選択肢を持っていました。
通常級の担任とは別に、顔を知っている優しい先生がいる。何かあったとき、そっちに話しに行ける。その「逃げ場」の存在が、次男にとって大きな安心感になっていたと思います。
通常級一本だったら、担任との関係が詰まったときに逃げ場がない。支援級に席があったから、複数の大人に頼れる構造ができていた。次男はそれを、ちゃんと使いこなしていました。
👩🏫 6年生の支援の先生のこと
小学6年生のときの支援の先生が、特に良かったです。
次男が自分から話しに行けるような雰囲気を作ってくれる先生でした。無理に引き出そうとせず、次男のペースで関わってくれる。支援級でいる時間は短くても、「あの先生がいる」という安心感があったと思います。
発達障害の子にとって、「信頼できる大人との関係」は学力より大切なことがある。成績や支援の量よりも、「この人なら話せる」と思える人がいるかどうかが、子どもの安定に直結します。
6年生の先生との関係は、次男が中学に上がってからも「小学校の支援の先生が好きだった」と言うほどの記憶になっています。
🔍 後から思うこと——理想通りじゃなかったけど
正直、後から思うと「もっとこうしてほしかった」という気持ちはあります。
個別指導の時間をもっと確保してほしかった。支援の情報を担任にちゃんと引き継いでほしかった。イベントの参加を次男の状態に合わせて選べる仕組みがあれば良かった。
でも同時に、「支援級と通常級を行き来できたから今の次男がいる」とも思っています。
完璧な支援じゃなくても、居場所が複数あること。困ったとき話せる大人がいること。それだけで、子どもはちゃんと生き延びていける。
次男は今、中学2年。普通級で、バスケ部に所属して、楽しく通えています。あの支援級在籍の3年間が、今の次男の土台になっていると私は信じています。
📋 支援級への転籍を考えているお母さんへ
① 「何を期待するか」を最初に明確にする
「支援級に入れる」ことが目的ではなく、「何をしてほしくて入れるのか」を最初から担任・支援の先生に伝えておくことが大切です。個別指導がほしいのか、逃げ場がほしいのか、友達関係のサポートがほしいのか。明確に伝えないと、「おとなしい子」は後回しになりがちです。
② 情報の引き継ぎは「自分で確認する」
学校間・先生間の情報共有は、期待しすぎない方がいいです。「校長が話してくれているはず」「前の担任から伝わっているはず」は通じないことがある。特に事情がある場合は、自分から支援の先生に直接伝えに行くことをおすすめします。
③ 「量」より「関係」を大切にする
支援級で過ごす時間が少なくても、「この先生なら話せる」という関係が一つあれば、それで十分なこともあります。支援の量や時間だけで判断せず、子どもが安心して関われる大人が学校にいるかどうかを見てあげてください。
📚 発達障害の人が見ている世界
ASDの子どもが「どう感じているか」「なぜそう行動するか」を理解するのに、私が一番参考になった一冊です。支援の場面で先生に伝えるときのヒントにもなりました。
✅ まとめ
❌ 「支援級に入れれば手厚くフォローされる」と思い込む → ✅ 何を期待するか明確にして、自分から伝える
❌ おとなしい子は後回しになるのを黙って受け入れる → ✅ 静かな子ほど親が声を上げる必要がある
❌ 完璧な支援を求めて疲弊する → ✅ 「逃げ場が一つある」だけで子どもは生き延びられる
理想通りじゃなかった。期待していたことは叶わなかった。それでも、支援級への転籍という選択に後悔はありません。
完璧な支援がなくても、子どもはちゃんと育っていきます。次男がそれを証明してくれました。同じように悩んでいるお母さんへ——あなただけじゃないです。一緒に考えましょう。


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