📌 この記事でわかること
- 「様子見しましょう」と言われた親が宙ぶらりんになる理由
- 様子見には2種類ある——わが家の「見過ごされた」経験から
- 様子見の期間に、親ができること(記録・伝え方・もう一度動く)
「もう少し、様子を見ましょうか」。
発達のことで相談に行って、この言葉をもらって帰ってきた日の気持ちを、私はよく覚えています。ほっとしたような、突き放されたような。白でも黒でもないまま、家に帰る道の、あの何とも言えない感じ。
ADHDの長男とASDの次男を育てるなかで、わが家は「様子見」の当たりも外れも、両方経験してきました。この記事では、様子見と言われた”あと”の話——親がどう受け止めて、どう動けばいいかを、わが家の実体験から書いてみます。
🌫️ 「様子見」と言われた親は、宙ぶらりんになる
様子見という言葉の何がしんどいって、時間が止まることだと思うんです。
診断がつけば、支援に向かって動き出せる。何もないと言い切ってもらえたら、安心して手放せる。でも様子見は、そのどちらでもない。心配は残ったまま、でもすることは特にない。この宙ぶらりんの時間に、親は検索ばかりして、夜ふかしして、すり減っていく。私がそうでした。
だから最初に言いたいのは、様子見と言われてモヤモヤしているあなたは、おかしくないということ。あの時間は、しんどくて当たり前なんです。
⚖️ 様子見には、2種類あると思う
ふたりの子で経験してきて、様子見には2種類あると思うようになりました。
ひとつは、本当に成長を待てばいい様子見。子どもの発達には個人差があって、少し待つことで見えてくるものが確かにあります。専門家が経過を見ながら「今は待ちましょう」と判断するのは、意味のあることだと思います。
もうひとつは、見過ごし・先送りになってしまう様子見。本人は困っているのに、大人の側の都合や情報不足で「大丈夫でしょう」にされてしまうケース。困りごとが見えにくい子ほど、こちらに入りやすい。
問題は、渦中にいる親には、どちらの様子見なのか分からないことなんですよね。だからこそ、様子見の中身を親の目で確かめることが大事だと、私は思っています。
😔 わが家の「見過ごされた」様子見——長男の話
長男は、保育園の2歳児クラスの頃から園に指摘があって、支援が始まっていた子です。ところが小学校に入るとき、その情報が引き継がれませんでした。
入学後、心配になった私は担任や支援の先生に相談しました。返ってきたのは「普通級で見られます」。つまり、実質的な様子見です。
でもその頃の長男は、現実に困っていました。行きしぶりがあって、頻繁な頭痛があって、夜尿が続いていた。体はとっくにSOSを出していたのに、学校の中では「静かで問題のない子」。長男は多動のない、おとなしいタイプのADHDです。騒がない子の困りごとは、集団の中では見えにくい。
結局、正式にADHDの診断がついたのは小学3年。あの「普通級で見られます」から診断までの期間を思うと、今でも胸がちくっとします。あれは、待てばよかった様子見ではなく、見過ごされた様子見だったと思うから。
🏫 「できてますよ」と実態が違ったとき——次男の話
次男のときは、また別の形でした。
就学相談の場で、同席した保育士さんが話したのは「朝の会もお利口にできています」「みんなと行動できています」。最後には「お母さん、大丈夫ですよ」と。
私は内心、「??」でした。家で見ている次男と、話に出てくる次男が、別人だったから。
そのとき私がしたのは、ただひとつ。家での様子と特性を、自分の口で伝えることでした。園での「できている」も本当かもしれない。でも、家での「できていない」も本当。両方そろって、やっとその子の全体像になる。外での顔だけで判断が進みそうなときは、家での顔を親が出していい。あの経験から、そう思うようになりました。
📝 様子見と言われても、親にできること
様子見の期間は、何もできない時間ではありません。わが家がやってきたこと、やっておけばよかったと思うことを挙げます。
まず、家での様子を記録する。困った場面、気になった言動、日付とセットでメモしておく。「たまに癇癪があります」より「今月は週に3回、こういう場面で」のほうが、次の相談で何倍も伝わります。記録は、宙ぶらりんの時間を「材料集めの時間」に変えてくれます。
記録といっても、大げさなノートは要りません。わが家で続いたのは、スマホのメモに「日付と一行」だけでした。「今日、この場面で固まった」「この言い方が通じなかった」。ほんの一行でも、あとで並べて見返すと、点が線になって「この子はこういうときに困るんだ」というパターンが見えてきます。そのパターンごと先生や相談先に見せると、「気のせいですよ」では済まされにくくなる。きれいに書こうとすると続かないので、続く形でゆるく、が私のおすすめです。
つぎに、相談先はひとつに絞らなくていい。園や学校で様子見と言われても、自治体の相談窓口や小児科など、別の入口に聞いてみていい。場所が変われば、見立ても変わることがあります。
そして、期限を決めて、もう一度動く。「様子を見て、3ヶ月後にまた相談します」と自分の中で区切っておく。様子見を無期限にしないことが、見過ごしへの一番の予防だと思います。
それから、これは希望の話として。グレーは、動きます。次男はWISCで境界域の数値(IQ85)だった時期がありますが、数年後には113まで上がりました。環境と関わりで、子どもは変わる。様子見の期間は、環境を整える期間にもできるんです。
💡 親の直感を、軽く見なくていい
専門家の判断は、もちろん大事です。私は専門家を疑えと言いたいわけではありません。実際、わが家は多くの専門家に助けられてきました。
ただ、その子を生まれてからずっと、いちばん長く見ているのは親です。「何かが気になる」という親の直感は、データにならないだけで、大量の観察に基づいた立派な情報だと思う。私自身、はっきりした診断のないグレーの感覚をずっと抱えて生きてきたからこそ、「気のせいですよ」で済まされることの心細さも知っています。
直感を振りかざすのではなく、記録にして、言葉にして、専門家に手渡す。親の直感と専門家の知見は、対立するものじゃなくて、合わせて使うものだと思います。
🌱 様子見は、「何もしない」ではない
「様子見しましょう」は、「何もしないでください」ではありません。
様子を、見るんです。それは本来、親にしかできない仕事です。記録して、環境を整えて、期限を決めて、必要ならもう一度扉を叩く。そうやって過ごす様子見は、宙ぶらりんの時間ではなくて、次の一歩の準備期間になります。
いま、白でも黒でもない時間の中にいる方へ。その時間は、無駄にはなりません。あなたが今日メモした一行が、いつか、あの子の支援の入口になるかもしれないから。
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