発達障害兄弟を育てた母のストレス変化記録|乳児期〜高専・中学まで

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※本記事にはPRが含まれます。

「この大変さ、いつまで続くんだろう」

そう思って、夜中にこっそり泣いたことがあります。

発達障害のある子を育てていると、ストレスがなくなる日ってなかなか来ない。

でも——振り返ってみると、確実に「形が変わってきた」んですよね。

今日は、ADHDの長男(現在高専2年)とASDの次男(現在中学2年)を育てた私・ゆうこが、時期ごとのストレスの正直な変化を書いていきます。

「今、しんどい」と感じているお母さんに届いたらいいな、と思いながら。


🍼 乳児期:寝ない・泣く・抱っこの嵐(ストレス度 9/10)

長男の赤ちゃん時代は、とにかく寝ませんでした

おんぶ紐は嫌がる。日中はずっと抱っこ。トイレに行くだけで号泣。その数十秒で戻る繰り返し。

夜は添い乳でようやく寝てくれるけど、「添い乳ってだめなの?」という周りの声に罪悪感を抱えながら、それでもやるしかなかった。

長男がやっと夜寝るようになった頃——次男が生まれました。

またゼロからのスタートです。

次男はバウンサーで少し過ごせたのが救いでしたが、それでも毎日寝不足でフラフラ。あの頃の自分を思い出すと、よく倒れなかったなと思います。

乳児を抱っこする疲れた母

🏥 次男の乳児期:1年に6回の入院(ストレス度 10/10)

次男が生まれた翌年、私は職場に復帰しました。

そしてその年だけで6回の入院

肺炎、ノロウイルス、その他の感染症……毎回違う病気でした。

「免疫に何か問題があるのでは?」と検査してもらいましたが、結果は異常なし。ただ「運が悪かった」という言葉で終わりました。

昼間は県外に住む母が病院で付き添ってくれて、私は夜だけ泊まり込み。昼間は仕事、夜は病院——ほとんど眠れない日が続きました。

正直、振り返ってみると一番つらかった時期はここだったかもしれない。

それでも当時は「倒れてはいけない」という気力だけで走り切っていました。若さって、すごい。


🏫 小学校入学:福祉との連携が”ゼロ”だった衝撃(ストレス度 8/10)

長男が保育園のころから、市の福祉職員さんが定期的に来てくれていました。面談、テスト、アドバイス。ずっとサポートしてもらっていたから——

「小学校に上がっても、当然引き継いでもらえるだろう」と思っていたんです。

でも、入学してみたら誰も何も知らなかった。

担任の先生に相談すると、困ったように笑うだけ。「福祉のことはわからないので……」と。支援級の先生に面談をお願いしても「このくらいだと普通級で見られます」と言われました。

長男は騒いで授業を妨害するタイプではなく、ボーっと一人で遅れていくタイプ。「邪魔にならない子」は、支援が後回しになりやすい。これを身をもって知った出来事でした。


🔍 小学3年:頭痛がきっかけでADHD診断へ

しばらく迷い続けた末、行きつけの小児科に「頭痛が頻繁にある」と相談しました。

紹介状をもらって大学病院でMRI検査。そこで発達外来につないでもらうことができました。

学校・家庭・福祉での調査を経て、長男にADHD(不注意優勢型)の診断がつきました。

診断後、学校のサポートが一気に手厚くなりました。定期的な面談、学校での様子の連絡、クラス替えでも先生や友人を考慮してもらえるように。

「最初からこうしてほしかった」という気持ちはあった。でも、繋がれたことが大事だと今は思っています。


😤 次男・小学2年:担任問題で校長に直談判した日(ストレス度 8/10)

次男は小学2年のとき、担任の先生との関係で深刻な状況になりました。

「学校に行きたくない」と毎朝泣く。先生の顔色をうかがって怯えている。

これは——おかしい。

クラスの他の子に事情を聞き、放課後の教室を見にいきました。次男の机は教室の後ろ、奥の方に斜めに押しやられ物が積み上がっていました。その場で担任に話を聞きに行くと『何を言ってもわからない、返事も満足にできないんだから見られないでしょ。毎日こっちが謝って欲しいですわ』と大声で怒鳴られました。職員室前、たくさん残っている先生もいたのに誰もこちらを見ようともしません。支援の責任者の先生に相談すると『あの先生はいつもああなんですわ。私もヒラですからね。言えないんですわ。』ーーがっかりしました。

私は学校の校長先生に直接話しに行きました。「虐待として告発する」とはしないかわりに、次男を卒業まで責任を持って支援級と通常級の両方でサポートします、という校長からの提案に頷いてしまいました。

結果的にその約束が守られたかというと、グダグダになってしまいましたが……。

でもあのとき、動かなければもっと悪くなっていたと思う。「おかしい」と感じたら、声を上げていい。それをこの経験から学びました。

校長に直談判する母

🌊 中学期:思春期+特性の嵐(ストレス度 8/10)

長男が中学に入った途端、思春期が来ました。

毎日イライラ、家族にきつい態度、勉強は全くしない。塾には行くけど行くだけ。テストが悪くても気にならない。

そして——特性が急に強く出てきた時期でもありました。夏も冬も薄い長袖長ズボン。気温30度の日も1度の日も同じ服装。そして水分が自分で取れない。

「水分が取れない」と気づいたのは、長男が夏の暑い日に外出から帰ってきて、フラフラと倒れそうになっていたときでした。

「水飲んだ?」と聞いたら「飲んでない」。「なんで飲まないの?」と言っても「わからない」。感覚の問題なのか、忘れるのか——本人も「のどが渇く感覚」があまりわからないようでした。それ以来、私がペットボトルを持たせて「飲んだか確認する」習慣をつけました。

唯一の救いは、中2から始めた通級の先生との関係。そこから母の私への連絡も届くようになって、少し安心できた時期でした。


🎯 転機は「高専行く」の一言(ストレス度 6/10)

中2の3月、長男が突然こう言いました。「高専に行く。」

驚きました。でも否定しませんでした。

勉強を始めたものの続かず、夏にはすっかり元通り。でも9月のオープンキャンパスで高専の雰囲気を肌で感じてから、何かが変わりました。

今まで通っていた塾を週1回に減らして、自分のペースで教材を使う方法を見つけた。偏差値50以下から偏差値61の高専を目指して——1月の推薦入試は不合格。でも2月の一般入試で合格しました。

4月から寮生活が始まって、長男から連絡が来て——「自分で毎日起きて、朝ごはん食べて、遅刻なしで通ってる」と。びっくりしました。環境が変わると、人って変わるんですね。


🌟 現在:IQ84→113になった次男と、新しい悩みの始まり(ストレス度 4/10)

次男はいま、バスケ部に入って楽しく中学生活を送っています。

小学校のころIQが84だったのに、中学入学前の検査では113になっていた。「良い生活をするとIQが上がる項目があるんです」と福祉の先生に言われた言葉が、今も残っています。

環境と関わりが、子どもの可能性を変えるんだと実感しています。

ただ今は、進路や勉強でまた新しい悩みの時期。タブレット学習、通信教育。オンライン家庭教師等、時期によってたくさん試してみました。中1になって初めてみた個別塾が合わなかったので、中2の4月からは大学生の家庭教師にお願いしてみています。「自分の味方をしてくれる、少し年上の存在」が力になるかもしれないと思って。


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📚 長男を長年見てくれた心理士さんに勧められた本

信頼できる人から勧めてもらった本って、刺さり方が全然違うんですよね。長男を幼少期からずっと支えてくれた心理士さんのおすすめがこちらです。

📖 15歳までに始めたい!発達障害の子のライフスキル・トレーニング

著:梅永雄二

将来の自立に向けて、今から家庭でできることが具体的にわかる一冊。ゆるいイラストで子どもと一緒に読めるのが良くて、電子書籍で買ったあと紙でも買い直しました。

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📝 まとめ:ストレスは”減る”んじゃなくて”変わる”

  • 乳児期 → 体力と睡眠のストレス
  • 小学校期 → 学校・福祉との連携に奔走するストレス
  • 中学期 → 思春期と特性の掛け合わせのストレス
  • 今 → 「次のステージ」の進路と自立のストレス

形は変わっても、なくなることはない。でも確実に、母のメンタルは鍛えられていきます。

「今すごくしんどい」という方に伝えたいのは——あなたが今感じている大変さは、絶対に変化していきます。今だけが永遠に続くわけじゃない。

一緒に、少しずつ。


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窓辺でほっとした表情の母

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