発達障害の子を育てる親が、しんどい——自分を後回しにしてきた私へ

夜の窓辺で温かいお茶を飲み一息つく母親のイラスト お母さんの気持ち

📌 この記事でわかること

  • 発達障害の子を育てる親が、自分を後回しにしてしまう理由
  • 私がいちばんしんどかった「誰に相談すればいいか分からない時間」の話
  • 完璧をやめる・5分ひとりになる——ハードルの低い、小さなケアの工夫

この記事は、子どもの話ではなくて、親の話です。

ADHDの長男とASDの次男を育ててきて、子どもへの対応はたくさん調べて、たくさん試してきました。でも、自分自身のことは、ずっと後回しでした。しんどいのに、しんどいと言う場所がなかった。あの頃の私と同じ場所にいる方に向けて、書いてみます。

🕯️ 親は、自分を後回しにする

発達育児をしていると、生活の全部が「子ども最優先」で組み上がっていきます。

癇癪が起きないように先回りして、学校とやりとりして、通院の予定を組んで、特性に合う声かけを勉強して。気づけば、自分がきょう何を食べたかも思い出せない。そういう毎日でした。

自分のことを考える時間があったら、子どものために使う。それが正しいと思っていたし、そうしないと回らなかった。でも、いま振り返って思います。あのときの私は、ガソリンの残りを見ないまま、ずっと走り続けていたなと。

🌫️ いちばんしんどかったのは「誰に相談すればいいか分からない時間」

よく聞かれます。何がいちばん大変でしたか、と。

癇癪でも、脱走でも、夜の付き添いでもないんです。本音を言うと、いちばんしんどかったのは、誰に相談すればいいのか分からない時間でした。

目の前で困っている子がいる。私も困っている。でも、この困りごとをどこへ持っていけばいいのか、その入口が分からない。誰かに聞きたいのに、誰に聞けばいいのかが分からない。あの宙ぶらりんの時間が、いちばん心を削りました。

次男が幼かった頃は、外出先での癇癪やパニックのたびに、周りの視線と戦っていました。泣き叫ぶ子を抱えながら、「虐待だと思われていないだろうか」という恐怖が頭をよぎる。あの時間を、たったひとりで乗り切っていた。誰かに「大変だね」と言ってもらうことすら、なかった気がします。

私がいまブログを書いているのは、あの頃の自分に届けたいからです。相談の入口が分からずに立ち尽くしている誰かに、「その状態そのものが、いちばんしんどいんだよね」と言いたくて。

🌙 孤独について

発達育児の孤独には、いくつか種類があると思っています。

まず、分かってもらえない孤独。うちの子の大変さは、外からは見えにくい。「元気でいいじゃない」「男の子はそんなものよ」。悪気のない言葉に、少しずつ削られていく。

それから、比べてしまう孤独。同じ年頃の子がすんなりやっていることに、うちは何倍もの手がかかる。比べても意味がないと頭では分かっているのに、勝手に目が比べてしまう。そのたびに、落ち込む自分にも疲れる。

そして、笑って話せる相手がいない孤独。深刻な相談がしたいわけじゃない。「今日こんなことがあってさ」と、笑い話にして吐き出したいだけ。なのに、その相手がいない。これが地味に、いちばん効いてくるんですよね。

もしいま、この孤独の中にいる方がいたら、それはあなたの人付き合いが下手だからではないと思います。この育児の形が、孤独を生みやすい形をしているだけ。私はそう思うようになって、少し楽になりました。

それから、これも書いておきたいのですが、発達育児の負担は、どうしても母親ひとりに集中しがちです。通院の付き添い、学校との面談、日々の対応。うちも気づけば、私ばかりが抱えている時期がありました。夫を責めたいわけじゃないんです。ただ、見えている景色が違った。だからうちは、「私ばっかり困ってる」とぶつけるのをやめて、「今こういう状況で、ここをこう動いてほしい」と具体的に報告する形に変えました。そうしたら、少しずつ、一緒に動けるようになった。ひとりで抱えない工夫は、案外、家の中から始められることもあるんだと思います。

🪞 子どもと自分が、そっくりでしんどい

もうひとつ、あまり語られないしんどさの話をさせてください。

私には診断はありません。でも、子どもたちの特性を調べていくうちに、「これ、私にもある」と気づいてしまいました。若い頃から感じていた生きにくさに、名前の候補がついたような感覚でした。

そして長男とは、特性がそっくりです。だからこそ、頻繁にぶつかる。長男の苦手な部分に、自分の嫌な部分を見ているようで、必要以上にイライラしてしまう。言いすぎた夜、寝顔を見ながら「私のせいでああなのかな」と責める。そういう夜が、何度もありました。

いまも、この問題に完全な答えは持っていません。ただ、「私は長男に怒っているんじゃなくて、長男の中の自分に怒っているのかもしれない」と気づいてからは、衝突の途中で一呼吸おけることが、少しだけ増えました。気づいているだけでも、違うと思います。

🍵 小さなケアの工夫——ハードルは低く

セルフケアというと立派に聞こえますが、私がやってきたのは、本当に小さなことだけです。

完璧をやめる。ごはんが手抜きの日があっていい。部屋が散らかった週があっていい。「ちゃんとした母親」の基準を、自分で下げる。これがいちばん効きました。

ひとりになる5分をつくる。トイレでも、洗面所でも、コーヒー1杯でもいい。誰にも呼ばれない5分があるだけで、息が続く日があります。まとまった「自分時間」なんて取れないから、5分でいいと決めました。

気持ちを書き出す。誰にも見せないメモに、しんどいことをそのまま書く。頭の中でぐるぐる回っていたものが、文字になると少し外に出ていく。私の場合は、それがのちにブログになりました。

それと、私にいちばん効いたのは、同じ立場の人とつながれたときでした。深刻な相談がしたいわけじゃないんです。「うちもそうだよ」「わかる〜」と笑い合える相手が、ひとりいるだけでいい。それだけで、孤独の色が変わります。入口は、親の会でも、地域の支援センターでも、オンラインやSNSのゆるいつながりでも。合わなかったら離れていい、くらいの気軽さで、のぞいてみてほしいです。わかってくれる人がひとりいるだけで、ずいぶん息がしやすくなる。これは、あの孤独を通ってきた私の、実感です。

そして、ひとりで抱えないこと。しんどさが長く続くときや、眠れない・涙が止まらないようなときは、かかりつけの先生や自治体の相談窓口、親の会など、頼れる場所につながってみてほしいです。相談は、弱さではなくて、あの「誰に相談すればいいか分からない時間」から抜け出す一歩だから。

🌸 自分を大事にするのは、子どものためでもある

長いあいだ、自分のケアは後回しでいいと思っていました。でも、いまは考えが変わりました。

親が限界のまま走り続けると、いちばん近くにいる子どもに、その疲れは必ず伝わります。逆に、親が5分でも息をつけた日は、子どもへの声も、少しやわらかくなる。自分を大事にすることは、自分のためだけじゃなくて、回り回って子どものためでもあるんだと、ようやく思えるようになりました。

だから、これを読んでくださったあなたも、今日どこかで5分、自分のための時間をとってもらえたらうれしいです。ちゃんとしたケアじゃなくていい。温かいものを1杯飲むだけで、十分です。

あの頃の私に届けたかった言葉を、最後にあなたにも。しんどいって、思っていいんですよ。

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