📌 この記事でわかること
- 発達障害と遺伝の関係(難しくなく、ざっくり)
- 長男と私がそっくりすぎて衝突し続けた話
- 「もしかして私も?」と気づいたときに思ったこと
「この子、私に似すぎている」
そう気づいたのは、長男がADHDと診断されてしばらく経った頃でした。
上の空。忘れっぽい。切り替えが苦手。興味のないことへの集中が続かない——。「長男の特性」として理解しようとしていたそれらが、どんどん自分と重なっていきました。
そして同時期、夫の姉の次男(長男とは従兄弟にあたる子)も、長男とそっくりな特性があることに気づいて。「遺伝って、こういうことか」と不思議な気持ちになりました。
今日は発達障害と遺伝のこと、そして「もしかして私も?」と気づいた話です。
🧬 発達障害は遺伝するの?
結論から言うと、遺伝との関連は「ある」とされています。ただし「必ず遺伝する」ではなく、「なりやすい体質が受け継がれることがある」というイメージです。
ADHDもASDも、複数の遺伝子が関与していると考えられています。親が発達障害だと子どもも同じになる、ということではなく、特性が出やすい素地が遺伝する——という感じです。
⭐️ここが大事!
「遺伝だから親のせい」ではありません。遺伝はあくまで要因のひとつ。環境・育ち・関わり方によって、特性の出方は大きく変わります。遺伝を知ることは、「責任の所在を探すこと」ではなく、「子どもの特性をより深く理解するヒントを得ること」です。
😔 長男と私が衝突し続けた理由
長男とよくぶつかります。今も、です。
何度言っても忘れる。気づいたら上の空。声をかけても返事がない。「なんで同じことを何度も言わせるの」とイライラする私に、長男は「うるさい」と部屋に閉じこもる。
あるとき、ふと思いました。
「私も、人から何度も同じことを言われてきたな」と。
忘れっぽい。段取りが苦手。興味のあることには没頭するのに、そうじゃないことはどうしても後回しにしてしまう。長男を見て「なんでできないの」と思っていた私が、実は同じことをずっとやってきていた。
自分の嫌なところを目の前で見ているようで、余計にしんどかったのかもしれません。
⭐️ここが大事!
親子で似た特性があると、「同じだからわかる」より先に「同じだからぶつかる」が来ることがあります。自分がコントロールできなかったことを子どもに求めてしまう。それに気づいてから、少しだけ長男への見方が変わりました。
🔍 夫方の従兄弟との「不思議な共通点」
長男の特性は、私側だけから来ているわけでもないようです。
夫の姉(義姉)の次男——長男とは従兄弟にあたる子——が、長男とそっくりな特性を持っています。上の空な感じ、こだわりの強さ、独特のペース感。会うたびに「あ、長男だ」と思うほどです。
義姉とは子育ての方針がまったく違って、それでもそれぞれのやり方でうまくやっています。でもこの「特性のそっくりさ」は、お互い苦笑いしながら認め合っている感じです。
遺伝って、こういうことなんだな——と。どちらかの「せい」ではなく、両方の血が混ざって今の長男がいる。そう思ったら、不思議と少し気が楽になりました。
💭 「もしかして私も?」と気づいたとき
長男・次男の特性について調べていくうちに、自分のことが少しずつ見えてきました。
学生時代、友人関係で何気ない一言を言うと、会話がふっと止まることがありました。「あれ、まずいことを言ったかな」と思っても、どの言葉が不味かったのか、自分ではわからない。大きなトラブルにはならなかったけれど、いつも「気をつけなきゃ」という緊張感が薄くある感じで過ごしていました。
他者の考えがわからなくて悩んだことも、何度もあります。「なんでそういう気持ちになるんだろう」「なんでそういう行動をするんだろう」——当時はただの「私の鈍さ」だと思っていました。
振り返ると、生きにくかったのかもしれないな、と今は思います。当時はそれが「当たり前」だったから、気づかなかっただけで。
診断があるわけではないので、私が発達障害だと言いたいわけではありません。ただ、「特性」というものを知ることで、自分の過去の「?」がいくつか腑に落ちた感覚はあります。
🤍 「遺伝かも」は、責める材料じゃない
「遺伝だったんだ」とわかったとき、最初に罪悪感が来る親御さんは多いと思います。「私のせいでこの子が苦労しているのかも」と。
でも、少し視点を変えてみると——。
似た特性を持つ親だからこそ、「どうしてできないか」が体感でわかる部分があります。「なんでこんなに忘れるの」と責める前に、「私もそうだったな」と立ち止まれることがある。
遺伝を知ることは、子どもを責める材料でも、自分を責める材料でもありません。「この子がこうなのには理由がある」「私がこうだったのにも理由があった」——そう思えると、少し肩が軽くなりませんか。
🗣️ 「同じだからわかる」ではなく「同じだからぶつかる」——そのループを抜けるまで
長男と私の衝突は、長男が中学生の頃がいちばんひどかった時期でした。
思春期で感情のコントロールが難しくなっていた長男と、私もフルで疲れていて余裕がなかった。「何度言っても変わらない」「どうせまた忘れる」——そういう言葉が口をついて出るようになっていました。
ある夜、長男が「お母さんはいつも同じことしか言わない」と言ったんです。
そのとき、自分が学生時代に誰かに言われた言葉が、頭の中でフラッシュバックしました。「また同じことやって」「何回言えばわかるの」——私も昔、そう言われていた。
長男に言っていたその言葉は、かつて誰かに言われて私が傷ついた言葉と同じでした。
そこから少し変わりました。「なぜできないか」の説明を求めるのをやめて、「できたこと」に目を向けるようにした。変化はゆっくりでしたが、衝突の頻度は確実に減っていきました。
🌿 「特性を知ること」が自分への優しさにもつながった
長男・次男の特性を調べていく中で、私は少しずつ自分の過去を見直していきました。
「なぜあの友人関係がうまくいかなかったのか」「なぜあのときあんな言葉を言ってしまったのか」「なぜ段取りが苦手で、いつも後手に回っていたのか」——当時は「自分がダメだから」と思っていたことが、特性という視点で見るとすっと整理される感覚がありました。
診断があるわけではないので「発達障害だった」とは言えません。でも、「生きにくさを感じてきた」という感覚は、この特性の理解を通じて、少し名前がついた気がします。
自分に厳しくしすぎてきたな、と思います。「できないのは努力が足りないから」「気をつければできるはず」と自分に言い聞かせてきた時間が、長かった。
子どもたちの特性を知ることで、自分への見方も少し変わりました。「できなかったことには理由があった」と思えると、自分をいたわる気持ちが少し生まれてきます。それが不思議と、長男や次男への関わり方にも影響していると感じています。
💬 「遺伝かも」と思ったとき、誰に相談する?
「もしかして自分も発達障害かも」と感じたとき、誰に相談すればいいか迷う方も多いと思います。
私が動いた順番はこうです。
- まず、子どもたちの発達外来の先生に「自分のことも気になっている」と話してみた
- 先生から「大人の発達障害を診ているクリニックがありますよ」と教えてもらった
- すぐには受診しなかったが、自分の特性について書かれた本を読み始めた
受診することが正解というわけではないと思っています。ただ「自分を知ること」は、子どもへの理解とセットで深まっていく部分がある。
子どもの特性を理解しようとしていたら、自分の特性も見えてきた——これはよくあることのようで、発達障害専門のクリニックには親御さんが子どもの付き添いをきっかけに「自分のこと」を相談しに来るケースも少なくないそうです。
「遺伝かも」という気づきは、自分を知るための入口のひとつ。責める材料にするより、理解を深めるきっかけにしてもらえたらと思います。
📖 あわせて読みたい
✅ まとめ
❌ 遺伝だから親のせい・親が責任を取らなければいけない
✅ 遺伝は要因のひとつ。特性の出方は環境と関わりで変わる
❌ 似た特性があるから「わかるはず」と子どもに期待してしまう
✅ 似ているからこそぶつかる。それを知るだけで少し楽になる
❌ 「もしかして私も?」と気づいたら怖くなる
✅ 自分の過去の「?」が腑に落ちることで、子どもへの理解が深まる
「遺伝かもしれない」と気づいたとき、私は不思議と少し自分に優しくなれた気がしました。できなかったことに理由があったのかもしれない、と。
同じような気持ちを抱えているお母さんに、届いていたら嬉しいです。
ランキングに参加しています。応援クリックしてもらえると嬉しいです🌸



コメント