※本記事にはPRが含まれます
📌 この記事でわかること
- 保育園で指摘されてから診断まで——6年かかった理由
- 「どこにもつながれない」当時の発達支援の現実
- 診断が出た日、母が感じた「ホッとした」の意味
「うちの子、もしかして?」
そう思ってから、診断が出るまでに6年かかりました。
長男はADHD(不注意優勢型)。
でも診断が出たのは小学3年生のとき。
最初に園から指摘されたのは、保育園の2歳クラスでした。
その間に何があったのか。
どこに相談して、どこでつまずいて、どうやってやっとたどり着いたのか。
そのまま書きます。
保育園2歳クラス、最初の指摘
最初に「この子、ちょっと違うかもしれない」と言われたのは、保育園の先生でした。
「一人でボーっと過ごすことが多い」
「指示についていけない」
「他の子とのコミュニケーションが取りにくい」
そのとき、私が思ったのは「まあ、そんなこともあるかな」でした。
長男は第一子。子育ての経験がない私には、比べる基準がなかった。
まだ小さいし、個人差の範囲かな——そのくらいの感覚でした。
その後、市の福祉職員が定期的に園に来て、面談やテストをしてくれるようになりました。
当時の長男には、ちゃんとサポートの目が向いていた。
でもそれは、保育園にいる間だけの話でした。
小学校入学——誰も知らない状態でゼロからスタート
小学校に入学して、すぐに気づきました。
保育園と福祉の連携が、一切引き継がれていない。
長男のことを知っている大人が、学校に誰もいない状態でのスタートでした。
担任の先生にも、支援級の先生にも相談しました。
でも返ってきた言葉は「普通級で見られます」。
市の福祉にも相談に行きました。
2時間の面談を2回。担当の方もつけてもらえました。
でも結局もらえたのは簡単なアドバイスだけで、「また何かあったら来てください」と言われて終わりでした。
保育園に定期的に来てくれていた発達の先生の施設にも伝えました。
でも「小学校になると担当が変わるんです」と言われ、また最初から話すことになった。
生まれてからのことを、何度も、いろんな窓口で、ゼロから話す。
どこにもつながれないまま、時間だけが過ぎていきました。
⭐ここが大事!
当時は発達専門クリニックが少なく、大病院の発達外来は予約困難。「相談窓口はある、でもつながれない」という状況が当たり前だった。今も地域によっては同じ状況がある。
小1の5月、行き渋りが始まった
小1の5月ごろ、約1週間の行き渋りがありました。
最初はまた「まあ、時間が解決するかな」と思いました。
周りにも同じような男の子がいたし、そんなに珍しいことじゃないと。
でも行き渋りは、頭痛になりました。
頭痛は、夜尿になりました。
それが短期間で終わらず、長く続いた。
「これは、待つだけじゃダメだ」
じわじわと焦りが出てきたのは、そのころでした。
小3、やっとたどり着いた診断への道
小学3年生のとき、かかりつけの小児科に相談しました。
先生は大学病院への紹介状を書いてくれました。
そのとき——先生が紹介状に、一言添えてくれたんです。
「発達に心配があること」を、紹介状に書き足してくれた。
大学病院ではMRIの検査を受け、そのまま発達外来につないでもらえました。
あの小児科の先生の一言がなければ、また窓口をたらい回しにされていたかもしれない。
そして、診断が出ました。
ADHD(注意欠如・多動症)、不注意優勢型。
診断が出た日、「ホッとした」
診断を聞いたとき、私が感じたのは「ホッとした」でした。
怖くなかった。
悲しくなかった。
「やっぱりそうだったんだ」という、ただただ安堵でした。
診断が出るまでの間、ずっと「この子のしんどさ」に名前がなかった。
名前がないと、助けを求めることも、支援を受けることも、難しかった。
診断という「名前」をもらえたことで、やっとスタートラインに立てた気がしました。
⭐ここが大事!
「診断=レッテル」ではなく「診断=支援へのパスポート」。名前がつくことで、やっと動ける道が開く。
診断後、学校が変わった
診断が出てから、学校の対応が変わりました。
定期面談が設定されるようになり、クラス替えでも配慮が入るようになった。
「普通級で見られます」と言われ続けた学校が、同じ学校のまま変わっていった。
診断前と診断後で、周りの動き方がこんなに違うのか、と驚きました。
「早く診断を受けておけばよかった」という気持ちも、今でも少しあります。
でもあの時代、あの環境では、これが精一杯でした。
今、同じ場所にいるお母さんへ
「うちの子、もしかして?」と思いながらも、どこに相談すればいいかわからない。
相談しても、たらい回しにされる。
「様子を見ましょう」で終わる。
そういうしんどさの中にいるお母さんに、伝えたいことが3つあります。
① かかりつけの小児科に相談してみてください
発達専門のクリニックに直接行けなくても、小児科の先生が「発達に心配がある」と紹介状に書いてくれることがあります。そこから道が開くことがある。
② 「どこにもつながれない」は、あなたのせいじゃない
支援の窓口が分断されているのはシステムの問題です。何度も同じ話をしなきゃいけない消耗感は、あなたが弱いからじゃない。
③ 診断は「ゴール」じゃなくて「スタート」
診断が出ることで、支援につながる道が開きます。怖がらずに一歩を踏み出してほしい。
まとめ
❌ 「様子を見ましょう」で終わる窓口に何度ぶつかっても、諦めなくていい
❌ 診断が出ることを怖がらなくていい
⭕ かかりつけの小児科に「発達のことで相談したい」と伝えてみる
⭕ 診断は支援へのパスポート——名前がつくことで動ける道が開く
長男の診断まで6年かかりました。
その間、何度も「どこにもつながれない」と感じた。
でも今、長男は高専2年生として自分の道を歩いています。
遠回りしても、ちゃんとたどり着ける。
今日も十分頑張っています。



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