📌 この記事でわかること
- 高専1年の長男——入寮直後に起きた「びっくり」の話
- 高専2年になって変わったこと・変わらなかったこと
- 春休みの帰宅で気づいた「寮が長男を支えている」という現実
- 遠くから見守る親として、今感じていること
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長男が高専2年生になりました。
入学してから2年。「入学前に想像していた長男」と「今の長男」を比べると、変わったことも、変わらないことも、どちらもあります。発達障害のある子の「高専生活1年→2年」の記録として、そのまま書いておきます。
高専1年——入寮直後の「びっくり」から始まった
長男が入寮したとき、一番びっくりしたのは「自分で起きた」ことでした。

中学時代は私が毎朝起こして、水を飲ませて、支度を確認して、ようやく送り出す毎日でした。それが入寮初日から、自分でアラームを止めて、食堂でごはんを食べて、遅刻ゼロで通い始めた。
「寮の食堂が決まった時間に開く」という外側の仕組みが、長男を動かしていた。自立したのではなく、環境が整ったということ——それでも「変わった」と思いました。
前期テストは学年の真ん中の席次でした。「できないわけではない」という証明ができた。本人にとっても大きかったと思います。
一方で、1年の後期には赤点の連絡が来ました。単位を2つ落としました。「やっぱりそうか」という気持ちと、「でも2年に進級できたんだ」という安堵が混ざった連絡でした。
春休みに帰ってきたとき——「寮のおかげで動けていた」と気づいた
1年の春休みに帰宅した長男は、中学時代の「あの無気力」に戻っていました。
朝起きられない。ダラダラと過ごす。「何かしよう」という意欲が出てこない。入寮当初の「自分で起きた長男」はどこへ——という感じでした。
そこで確信しました。「長男が変わったのではなく、寮という環境が長男を動かしていた」と。これはネガティブな話ではありません。ADHDの子が自己管理のために外側の仕組みを使う、という適切な適応だと思っています。ただ「環境がなくなると元に戻る」ということも知れた春休みでした。
⭐️ ここが大事!発達障害のある子の「成長」は、本人の力だけではなく「環境の力」を借りることで実現することが多い。それで十分です。
高専2年——1年との比較で見えたこと
変わったこと:

✅ 友達ができた
1年のうちに「友達できた」と短く言っていました。長男の話の中で友達の名前が出るようになりました。一人で高専に乗り込んでいった長男が、自分で関係を作れた。それだけで十分でした。
✅ 「バイトしたい」と言い始めた
2年になってから「バイトやってみたい」と言い出しました。周りの友達が働いているのを聞いて興味を持ったようです。自分から社会と関わろうとしている——中学時代には想像できなかった変化です。
✅ 専門科目に「のめり込む」場面が出てきた
高専2年になると専門科目が増えます。長男が「これ面白い」と言ってきた授業があったと、短いLINEで送ってきたことがありました。ADHDの長男の特性として「好きなことへの集中力は本物」。専門分野の中に「面白い」が見つかり始めているのかもしれない。それが何より嬉しかったです。
✅ 将来についての言葉が出るようになった
「就職する」「コンピュータ関係の仕事がしたい」——漠然としているけれど、方向性の言葉が出るようになりました。1年のころはそういう話は全くしなかった。
変わらないこと:
❌ 提出物・単位管理は相変わらず苦手
2年になっても試験シーズンは心配です。「今週何の試験ある?」と確認するのが私のルーティンになっています。長男は「把握しているつもり」でいることが多いので、そこだけそっと確認するようにしています。
❌ 一言で終わる会話
「どうだった?」「普通」——この応答パターンは変わっていません。でもたまに「あのさ」と話しかけてきたとき、そっと聞くようにしています。無理に引き出さない。話したいときに話してくれる、それで十分です。
❌ 帰宅すると無気力になる
これは1年と同じです。寮を出た瞬間に動けなくなる。「長男にとって寮のリズムが命綱なんだ」という認識で、帰省中は何も言わないようにしています。
親として——2年目に感じていること
長男と私の間には、ひとつ約束があります。「勉強のことはあまり口を出さない」。
高専の単位制度は厳しい。単位を落とせば留年につながる。気になることはあります。でも「口を出す」ことで追い詰めると、長男は動けなくなる。だから把握はしながら、前には出ない。
2年目になって感じるのは、「心配の質が変わってきた」ということです。1年のころは「ちゃんと起きられてるか」「学校に行けてるか」という基本的なことが心配でした。2年になると「単位は大丈夫か」「友達関係はどうか」「将来をどう考えているか」という、もう少し先の心配になってきた。
心配の中身が変わるということは、土台が少しずつ育っているということかもしれません。
2年目になって、長男から連絡が来る頻度が少し増えました。困ったことがあったときに「これどうすればいい?」と聞いてくる。1年のころは「わからない」「知らない」で終わっていたことが、相談に変わってきた。「自分だけでは解決できないことを、親に聞く」——これも成長だと思います。
遠くから見守ることしかできない時期です。でも「見守る」は「放置」ではない。アンテナを立てながら、困ったときにすぐ動けるよう準備している。それが今の親としてのスタンスです。
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発達障害のある子の高専生活——親の関わり方で意識していること
高専2年になった長男への関わり方で今意識していることをまとめます。
アンテナを立てる・でも前に出ない ——「今週何の試験ある?」と確認する。でも「勉強しろ」とは言わない。管理ではなく、気にかけていることだけを伝える。
短いやりとりでも繋がり続ける ——長男から短いLINEが来る。「そうか」「大変だったね」と短く返す。長文のアドバイスは送らない。「言ってよかった」と思える反応だけを意識しています。
帰省中は何も言わない ——寮を出ると無気力になる。帰省中に「勉強しろ」と言っても機能しないとわかったので、今は言いません。帰ってきたことを喜ぶ、それだけにしています。
まとめ
- ✅ 高専1年:入寮直後に自分で起きた・前期は真ん中の席次・単位2つ落とした
- ✅ 春休みの帰宅で「寮の仕組みが長男を支えていた」と実感
- ✅ 高専2年:友達ができた・バイトに興味・将来への言葉が出てきた
- ❌ 変わらないもの:提出物・一言で終わる会話・帰宅すると無気力
- ✅ 「勉強のことは口を出さない」約束を守りながら、アンテナだけ立てている
- ✅ 心配の質が変わってきた——それが「成長した証」かもしれない
高専に入れて2年。まだ道半ばです。でも「入れてよかった」という気持ちは今も変わっていません。これから高専を検討している発達障害の子を持つ親御さんに、実際の2年分の記録が届いていたら嬉しいです。
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