📌 この記事でわかること
- 「手がかかる子」より「言葉でやり返す子」に消耗する理由
- 怒らないと終わらない・怒ると喧嘩、そのループの正体
- 「怒らせようとしたわけじゃない」——ADHDの脳の仕組みで見えてきたこと
※本記事にはPRが含まれます
発達障害の子を育てていると、「疲弊」と「怒り」って、別物だなと気づきました。
次男(ASD)には、どれだけ手がかかっても、怒りにはならなかった。
長男(ADHD)には、幼い頃からずっと、怒り続けていました。
この違いが何なのか、長い間わかりませんでした。
「どうして同じ我が子なのに、こんなに違うんだろう」と、自分を責めたこともあります。
次男には怒れなかった
次男は、幼い頃から本当に手がかかりました。
癇癪、脱走、パニック。
スーパーに連れていけば行方不明、病院では走り回る、電車では大声で泣く。
体力的にも精神的にも、ボロボロになる日が続きました。
外出中にパニックになって、電車の中で1時間抱きしめながら帰ったこともあります。
周囲の視線を感じながら「虐待に見られてるんじゃないか」と怖くて、ただ無になって乗り越えた日も。
でも不思議と、次男に「怒り」は湧いてこなかった。
本人がわからなくてやってしまっているのが、見ていてわかるから。
言葉もかわいかった。突拍子もないことを言うけど、悪意がない。
どこかへ走り出してしまっても「本当にわからないんだな」と思えるから、疲れても怒りにはならなかった。
手がかかるのは次男の方が圧倒的に多かったのに、消耗はするけど、怒りは生まれなかった。
長男には、怒り続けていた
一方で、長男(ADHD・不注意優勢型)との関係は、幼い頃からずっと「怒っては喧嘩」の繰り返しでした。
長男は、いわゆる「ああいえばこういう」タイプ。
何か注意すると、必ず言い返してくる。
「お母さんだって前にこう言ってたじゃん」
「それ、前に言った話と違います」
「え、でも〇〇のときはそうじゃなかった」
言葉が立つ子だったので、毎回やり合いになる。
私が感情を抑えて穏やかに話そうとすると、長男のペースがどんどん上がっていく。
怒らないでいると、ずっと続くんです。
「怒らないと終わらない。でも怒ると喧嘩になる」
このループが、何年も続きました。
怒った後は決まって自己嫌悪でした。
「またやってしまった」「なんでこんなことで」と布団の中で思う夜が、何度あったか。
でも翌日になれば同じことが起きて、また怒って、また自己嫌悪になる。
出口が見えなくて、本当に疲れていました。
感情を抑えようとしても、うまくいかなかった

「怒らないようにしよう」と決意した時期もあります。
深呼吸して、声のトーンを落として、できるだけ穏やかに話しかける。
でも、長男はそれでペースを落としてくれなかった。
穏やかに話せば話すほど、長男の言葉はどんどん積み重なっていく。
「お母さんだって」「でも」「違う」「前は」——終わりが見えない。
結局、最後には感情が爆発して、余計にひどい喧嘩になる。
感情を抑えようとして限界まで我慢した分、爆発したときのダメージが大きかった。
「怒らない」が答えじゃないとわかっていても、じゃあどうすればいいのかが、全然わからなかったんです。
正解を探しながら、毎日同じ喧嘩をしていました。
「怒り続けた自分」を責めなくていい理由
発達障害の子育てについての情報を見ていると、「怒鳴ってはいけない」「感情的になってはいけない」という言葉をよく目にします。
わかってる。わかってるんです。
でも現実には、何時間も言い合いが続いて、感情をぶつけないと終わらない場面がある。
「感情的にならないお母さん」が正解なのはわかっていても、そうなれない日が続く。
そのたびに「また失敗した」と自分を責めていました。
今思うのは、怒り続けたこと自体が問題だったわけじゃなかった、ということ。
「意図的にやっている」という前提で接していたことが、ずれていただけ。
前提が変わると、対応も、自分の感情の扱い方も、少しずつ変わっていきます。
「前と話が違う」は、本当のことだった
当時の私は、「また言い訳してる」と思っていました。
でも最近、帰省した長男と久しぶりに話していて、少し違う見え方ができるようになってきました。
「怒らせようとして言ってたわけじゃないよ」と長男が言ったんです。
「本当に、前と話が違うと思ってたんだよね」と。
⭐️ここが大事!
ADHDの子は、「場面が変われば同じルールは適用されない」という感覚が弱いことがあります。
「あの時はOKだった」と「今回もOKのはず」が、脳の中でつながってしまう。
状況の違いを自動的に読み取る力が、定型発達の子とは違う形で動いている。
矛盾しているように見えた長男の言葉は、言い訳でも屁理屈でもなく、本人の中では本当に「前と違う」と感じていたのかもしれない。
そう思ったとき、あの頃の喧嘩の景色が少し変わりました。
「意図してやっているか」が、怒りの発火点だった
幼い頃の長男のことを振り返ると、あの「ああいえばこういう」は、反抗や挑発じゃなかったのかもしれない。
場面の違いに気づけないまま、自分の記憶の中にある「ルール」を持ち出してきていただけ。
それが私には「言い訳」に見えて、毎回カッとなっていた。
私が次男に怒れなかった理由と、長男に怒り続けた理由は、実は同じところにあったんだと気づきました。
「意図してやっているのか、本当にそう見えているのか」——それが、私の怒りの発火点だったんです。
次男の行動は「本当にわかっていない」と感じさせてくれた。
長男の言葉は「わかってやっている」と感じさせた。
でもどちらも、脳の仕組みからきていた。
それがわかったのは、ずいぶん後のことでした。
今でも帰省すると、一度は喧嘩になる

高専2年になった長男が帰ってくると、今でも必ず一度は言い合いになります。
でも、以前とは少し違う。
長男も、自分がなぜそう思ったかを言葉にしようとしてくれるようになりました。
「俺はこう思ってたから言ったんだけど」と、理由を説明しようとしてくれる。
私も、「また言い訳して」ではなく、「この子の中ではそう見えていたんだな」と受け取れることが増えました。
完全に喧嘩しなくなったわけじゃない。
それでも、喧嘩のあとに「あ、そういうことか」と思える瞬間が出てきた。
それだけで、だいぶ違います。
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今、子どもに怒りが収まらないお母さんへ
あなたが怒るのは、それだけ本気で向き合ってきた証拠でもある。
自分を責めすぎないでほしいと思います。
ただ、一つだけ。
「言い訳してる」「わかってやってる」と思っていた言動の中に、
本人も気づいていない「脳の癖」が混ざっていることがある。
それを知っていたら、もう少し早く、喧嘩じゃない形で終われた場面があったかもしれない。
「意図的に言っているのか」「本当にそう見えているのか」——その違いを一度だけ考えてみると、
少し違う景色が見えるかもしれません。
私はまだ途中です。
でも、あの頃よりは少し、楽になっています。
同じ気持ちのお母さんに、少しでも届いていたら嬉しいです。



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