発達障害の子2人を育てながら正社員を続けた話——「仕事を辞めない」と決めた日のこと

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📌 この記事でわかること

  • 発達障害の子2人を育てながら正社員を続けるために意識した3つのこと
  • 「もしもの時」に備えて上司と事前に交わした約束の中身
  • しんどかった時期を乗り越えた今、あの頃の自分に伝えたいこと

「この子たちを育てながら、働き続けられるんだろうか」

そう不安になったことは、一度や二度じゃありません。

長男のADHD、次男のASD。
診断が出た時から、毎日が綱渡りでした。

保育園からの急な呼び出し。
次男がぐずって、朝の電車をダッシュで乗り換える日々。
長男が小1になったら、今度は「小1の壁」が待ち構えていて。

それでも私は、仕事を辞めませんでした。

辞めなかったというより——辞めないと決めていたんです。

今日はそのことを、書いておこうと思います。
同じような立場で「続けるべきか、辞めるべきか」と揺れているお母さんに、少しでも届けばと思って。

「子供が育ったら、やりがいのある仕事を」——その計画が崩れた日

結婚して、子育てが始まるのを見越して転職しました。

同じ職種でも、より規模の大きな職場へ。
同じ仕事をする人が多い分、産休・育休が取れる。
急な休みにも対応してもらえる。
希望の日に休める。
仕事量が決まっていて、自分でやりくりできる。
おまけに保育所付き。

子育てしながら働くには、なかなか良い環境でした。

反面、やりがいはあまりない。自分の意見が通らない職場でもありました。

だから当時の私には、こんな計画があったんです。

「子供が小学校に上がるまでここで働いて、落ち着いたらやりがいのある仕事に転職しよう」と。

その計画が、崩れました。

長男がADHD、次男がASD。
2人の診断が出た時点で、「落ち着いたら転職」という未来は遠のいていきました。

毎日生きていくだけで精一杯。
やりがいどころか、今日一日をどう乗り切るかで頭がいっぱいでした。

それでも「絶対やめない」と決めた理由

「もう仕事辞めたい」と思ったことは、正直、何度もあります。

でも辞めませんでした。

理由は、シンプルです。

一度辞めてしまったら、もう戻れないと思ったから。

手のかかる子供が2人いる状態で、正社員として雇ってくれる会社なんてあるだろうか。
パートでも、急な休みが多い人を採用してくれる職場があるだろうか。

「ない」とは言い切れないけれど、今の職場より条件の良いところは、まずないと思いました。

産休・育休が取れて、急な休みにも対応してもらえて、保育所付きで、仕事量が管理できる。
そういう環境を、ゼロから作り直せる自信はありませんでした。

だから「やめない」は、決断というよりも
「やめられない」という現実をちゃんと見た結果だったかもしれません。

それでも、その「やめない」という選択が、今の私を支えてくれています。

続けるために意識した3つのこと

仕事を続けると決めたからには、「どうやって続けるか」を考えなければなりませんでした。

① 常に低姿勢でいること

職場では、常に低姿勢でいることを心がけていました。

ベテランの扱いを受けていても、後輩にも、年下にも、誰にでも。
余力がある時には進んで他の人の仕事を手伝いました。

「急な休みで迷惑をかけた後は、挨拶を欠かさない」というのも、ずっと続けていたことです。

「急に休んでごめんなさい」だけじゃなく、「おかげで助かりました」「ありがとうございました」を、きちんと言葉にして伝える。

当たり前のことかもしれないけれど、それが積み重なって、職場での人間関係ができていきました。

② 「もしもの時」の保険を上司と作っておいた

保育園時代、小1の壁が来る前に、上司と話し合いをしました。

「もしも本当に厳しくなった時は、パート勤務に変えてもらえますか」と。

仕事量は変わらない。でも時間拘束だけが変わる(時給になるので給与は大幅に下がる)。
そして状況が落ち着いたら、また正職員に戻る。

そういう約束を、事前に作っておいたんです。

「いざとなったら逃げ道がある」という安心感は、毎日の緊張を少しほぐしてくれました。

実際にパート勤務に変えることはなかったけれど、「最悪の場合はこうする」と決めておくだけで、気持ちがずいぶん楽になりました。

③ 「どうすれば迷惑を最小限にできるか」を常に考えた

問題が起きるたびに考えていたのは、これでした。

「どうすれば、なるべく周りに迷惑をかけずに、自分もしんどくないようにできるか」

休む時の連絡の仕方、急な日程変更を最小限にするための段取り、普段から仕事を効率よくこなしておくこと。

「迷惑をかけないようにしよう」と考え続けたことで、仕事の効率が上がっていきました。
そのおかげもあって、今も正職員として働けています。

一番しんどかった瞬間

正直、しんどい瞬間はたくさんありました。

毎朝、次男がぐずって保育園を出るのが遅れ、電車の乗り換えをダッシュする日々。
長男が小1になった途端に「小1の壁」が来て、また段取りを組み直す。

幼少期は、保育園から急な呼び出しも何度もありました。

でも一番きつかったのは、会議や約束が入っている日に、急に休まなければならない時でした。

「子供の体調が悪いので、今日の会議を欠席します」
「急で申し訳ないのですが、日時を変えさせてもらえますか」

こういう連絡をするたびに、胸が痛かった。
時間を取ってもらっていた相手に、急な変更を伝えることの心苦しさ。

子供の体調不良はコントロールできない。わかっているけれど、それでもしんどかった。

それでも続けてこられたのは、職場の環境と人間関係が良かったからです。

「大丈夫だよ」「子供が優先だから」と言ってくれる人たちがいたから。
その一言一言が、どれだけ支えになったかわかりません。

今、あの頃の自分に言いたいこと

あの頃の自分に声をかけるなら、「ありがとう」と言いたいです。

辞めないでいてくれて、ありがとう。
毎朝ダッシュしてくれて、ありがとう。
しんどい時も、低姿勢でいてくれて、ありがとう。

あの時の選択が、今の私を作っています。

当時は「やりがいのある仕事ができない」という不満もありました。
計画が狂ったという焦りもありました。

でも今になって思うのは、
「続けること」自体が、すごいことだったんだということです。

発達障害の子を2人育てながら、正職員として働き続けた。
それは、誇っていいことだと思う。

やりがいは、また別のところで見つけられる。
でも、続けてきた積み重ねは、取り戻せない。

あの時の私が「やめない」と決めてくれたから、今がある。
そう思っています。

まとめ

発達障害の子を育てながら働き続けることは、簡単ではありません。

急な休み、毎朝の綱渡り、職場への申し訳なさ。
「もう限界かも」と思う瞬間は、何度も来ます。

私が続けてこられたのは、次の3つを意識していたからだと思っています。

常に低姿勢でいる(余力がある時は手伝い、休んだ後は必ず感謝を伝える)
「もしもの保険」を事前に作っておく(最悪の場合の逃げ道を上司と決めておく)
「どうすれば迷惑を最小限にできるか」を考え続ける(思考が仕事の効率につながる)

完璧にできた日ばかりではなかったし、ぐるぐる悩んだ日もたくさんあります。

でも、「続けること」をあきらめなかった。
それだけは、自分をほめてあげたいと思っています。

同じように悩んでいるお母さんに、この記事が少しでも届いていたら嬉しいです。
続けることを選んだあなたの毎日は、ちゃんと未来につながっています。

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