📌 この記事でわかること
- 発達障害のことを親族にどこまで話すか——正解はない、という話
- 実両親に話さなかった理由と、実姉・義姉それぞれの関係
- 「善意の口出し」が一番しんどい理由と、距離の取り方
※本記事にはPRが含まれます
「義両親に話すべき?」
「実家の両親、どこまで知らせたらいい?」
発達障害の診断が出たとき、ママ友との距離感より難しいのが、親族との距離感だと思います。
ママ友なら「適度な距離」を保てる。でも親や義両親は、そう簡単にはいかない。
うちの場合、義母はすでに他界していて、両方の実家は県外。物理的な距離のおかげで、親族関係ではほとんど苦労しませんでした。でも「近くに親族がいたら大変だったな」と今でも思います。
🤫 実両親には話していない
長男のADHD診断も、次男のASD診断も、実の両親には話していません。今も話していない。
理由はシンプルです。
話したら、絶対に心配して動き出すから。
善意で本を送ってくる。「こういう療法がいい」と情報を持ってくる。「あの先生がいいらしい」と口出しされる。自分の友人に相談して、また別の情報が回ってくる——そういう未来が見えていた。
悪意じゃない。むしろ愛情からくる行動。
でも、善意で口を出されることほど煩わしいことはない、とも思っていました。
「ありがとう」と言いながら、自分たちのペースで進めてきた判断を揺さぶられるのが一番しんどい。だから話さないという選択をしました。
⭐️ここが大事!
「親に話さない=隠している」ではありません。自分たちの判断を守るための、立派な選択です。誰に・何を・どこまで話すかは、親御さん自身が決めていい。
👩 実姉との関係——話せてよかった
実姉には話しました。
姉は発達障害の本を見つけるたびに送ってくれて、自分でも勉強してくれました。「お母さんには話さない方がいい」という私の判断にも、深く理解してくれた。
姉が「お母さんには話さないの?」と責めるのではなく「そうだね」と受け取ってくれたことで、私は孤立せずに済みました。
今は2人の成長を心から喜んでくれています。長男が高専に合格したとき、次男がバスケで活躍し始めたとき——姉が一緒に喜んでくれることが、何よりうれしかった。
「情報を押しつけない・判断を尊重する・一緒に喜んでくれる」——この3つが揃っている人には話せる。逆に言えば、揃っていない人には話さなくていい、ということです。
👩 義姉との関係——方針は真逆でも、それぞれでいい
義姉の次男は、うちの長男より2つ上。特性がうちの長男にそっくりで、お互い診断も似ています。
情報交換をすることもありますが、教育方針は真逆。義姉のスタンスはほぼ放置・楽観的。私は「できる限り情報を集めて対応する」タイプ。
最初は「え、そんなに放置していいの?」と思ったこともありました。でも今は、それぞれのやり方でいいと思っています。
同じ特性でも、親の性格・家族の環境・子どもの個性が違う。「正しい育て方」は一つじゃない。義姉を見ていて、そのことを改めて感じました。
💡 「善意の口出し」への距離の取り方
もし近くに親族がいて、善意で口出しされている方へ。
① 全部話さなくていい
診断名・通院先・療育内容——すべて話す必要はありません。「専門家に相談しながら進めているから大丈夫」の一言で十分な場合も多い。
② 情報は「ありがとう」で受け取って、試すかどうかは別
本を送ってきた、情報を持ってきた——それは否定しなくていい。「ありがとう、参考にします」で受け取って、試すかどうかは自分たちで決める。この「受け取る=従う」ではないという感覚が、自分を守ってくれます。
③ 話せる人を一人だけ確保する
全員に理解を求めなくていい。「この人には話せる」という人が一人いるだけで、孤立感がぐっと減ります。親族の中に一人、友人の中に一人——どちらでも構いません。
💬 診断が出たとき、最初に誰に話したか
長男のADHD診断が出た日、夫に話しました。
夫の反応は「そうか」という感じでした。驚きより納得、という空気。「何かできることある?」と聞いてくれた。その一言がありがたかった。長男のことをどう支えるか、一緒に考えようとしてくれていることが伝わった。
実両親への報告は「しない」と決めたのも、診断が出たすぐあとのことです。「心配させたくない」というより——「動き出されたくない」という気持ちが強かった。
愛情は本物だってわかってる。でも、その愛情が今の私たちのペースを乱すことになる。そう感じていたから、話さないと決めました。自分たちで決めて、自分たちで進める。その感覚を守りたかった。
😬 「話さなくてよかった」と思った瞬間——実際こんなことがありました
帰省したとき、子どもたちの様子を見た両親が「あの子、大丈夫?」と聞いてきたことがあります。
「普通に育ってるよ」とだけ答えました。
もし診断を話していたら——次の瞬間「じゃあ〇〇させれば」「〇〇先生がいいらしい」が始まっていたと思う。善意からくる、止められない流れ。そして「せっかく言ってくれているのにどうして…」という気まずさも生まれる。
知らないままでいてくれることが、一番ありがたかった。その瞬間に「話さなくてよかった」と改めて感じました。
「隠している」という感覚は、私にはありませんでした。ただ、今の私たちに必要な情報を持っている人に話す——それだけのことです。
🎊 長男の高専合格は話した
発達障害のことを話していない両親に、長男の高専合格は報告しました。嬉しくて、話したかった。
「高専って何?」から始まる説明は、発達障害の子の保護者あるあるかもしれません💦。工業高専のこと、5年制のこと、寮生活のこと——一通り話したら、両親はとても喜んでくれました。
その話の中で、両親が「あの子、そんなに頑張ってたんだ」と気づいてくれた瞬間がありました。診断のことを全部話していなくても、成長した姿を見せることで伝わることがある。言葉で説明するより、生きた姿の方が届くことがある。
「全部話さなくていい。嬉しいことだけ話す」——そういう選択もある、と伝えたいです。
🤍 まとめ——誰に話すかは、自分で決めていい
❌ 親族には全部話して理解してもらわないといけない
✅ 話す相手・話す内容は自分たちで選んでいい
❌ 善意の口出しには感謝しなければいけない
✅ 受け取るかどうかは別の話。自分たちのペースを守っていい
❌ 家族に話さない=隠している・後ろめたい
✅ 自分たちの判断を守るための選択
発達障害の子育ては、親自身が「何を信じて、どう動くか」を決め続ける連続です。その判断を守れる環境を作ることが、長く続けるために大切なことだと思っています。
話す相手を選ぶのは、自分と子どもを守ることです。焦らなくて大丈夫です。
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