📌 この記事でわかること
- ADHDの長男が幼児期に見せていた「サイン」と、見落とされていた理由
- 保育園での最初の指摘から、小学3年でADHD診断を受けるまでの流れ
- 診断を受けて変わったこと——「育て方が悪いんじゃなかった」と気づいた日
「うちの子、なんか育てにくい気がする……」
そのモヤモヤ、ずっと抱えていませんか?
私の長男は現在、高専2年生。寮生活を送りながら自分のペースで毎日を過ごしています。でも、そこに至るまでの道のりは、本当に長かった。
「育てにくい」と感じ始めたのは、産まれた直後から。正式にADHDの診断を受けたのは、小学3年のときでした。
あの頃の私に、「大丈夫だよ」と伝えてあげたい。今日は、診断までのリアルな記録を書きます。
👶 産まれた頃から「何かが違う」と感じていた
長男は、とにかく寝ない子でした。
新生児のうちから、置くとすぐ泣く。抱っこしていないと寝ない。夜中も何度も起きる。育児書には「だんだん寝るようになる」と書いてあるのに、月齢が上がっても変わらない。
「私の育て方が悪いのかな」「このまま続くの?」——いつもぐったりしながら、そんなことを考えていました。
周りのお母さんたちが「最近やっと夜まとめて寝てくれるようになった」と話すのを聞くたびに、焦りと孤独感がありました。でも当時の私は、それが発達の特性と関係しているなんて、思いもしませんでした。
🏫 保育園2歳クラスで、最初の指摘を受けた
長男が保育園の2歳クラスのとき、担任の先生から声をかけられました。
「一人でぼーっと過ごしていることが多くて。先生が全体に指示を出しても、長男くんだけ反応しないことが多いんです。他の子とのコミュニケーションも気になっていて……一度、福祉の方と面談してみませんか?」
そのとき私は何と答えたかというと——「のんびり屋さんなんです」と笑って返してしまいました。
確かに育てにくいとは感じていた。でも「発達障害」なんて言葉は、全くイメージできませんでした。
先生のすすめで福祉の先生との面談を受け、そこから卒園まで定期的に園に来てもらって面談・テストが続きました。でも当時の私は、まだ深刻には考えていなかったと思います。
😓 小学校に入学——支援の情報がまるごとリセットされた
小学校に入学してから、最初に驚いたことがあります。
保育園での福祉面談の記録が、小学校にまったく引き継がれていなかったんです。
担任の先生に相談しても「そういう情報は来ていません」と言われ、福祉の職員さんも「園から小学校への申し送りはないんです」と。3年間積み上げてきた情報が、入学と同時にゼロになった感覚でした。
「普通級で見られます」と言われたまま、特別な支援は始まらなかった。
小学1年の5月には約1週間の行き渋りがあり、頻繁な頭痛と夜尿が続いていました。「これはストレスだ」とわかっていても、どう動けばいいかわからなくて。
⭐️ここが大事!
保育園・幼稚園での支援情報は、親が自分から動かないと小学校に届きません。入学前に「これまでの経緯をまとめたメモ」を担任に渡すことを、今なら強くおすすめします。
😶 2年生になっても「変わらない」日々
授業中にぼーっとしている。忘れ物が多い。連絡帳が書けていない。学校のことを全然話してくれない——聞いても「わからん」「忘れた」の一点張り。
「男の子ってこんなもんかな」「のんびりしてるだけかな」と自分に言い聞かせていましたが、1年生が終わっても2年生になっても、何も変わらない。
毎晩「いい加減にしなさい!」と怒鳴ってしまうことも多かったです。
今思えば、怒っても意味がなかった。でも当時の私は、そのことも気づいていなくて、ただ疲弊していました。
🔍 小学3年——「専門機関に行ってみませんか」
小学3年のとき、担任の先生から再び面談の依頼がありました。
「授業中、ずっとぼーっとしています。板書もほとんど写せていません。一度、専門機関に相談してみませんか?」
そのとき、不思議と「あ、そうかもしれない」とすっと心に落ちた感覚がありました。
かかりつけの小児科を受診し、大学病院でMRI検査を受け、発達外来へ。数ヶ月の検査を経て、診断が出ました。
ADHD(注意欠陥多動性障害)不注意優勢型。
診断名を聞いたとき、不思議と「やっぱりそうだったんだ」という納得感がありました。怒鳴っても変わらなかったのは、怠けていたんじゃなくて、脳の特性だったんだ——そうわかったとき、ようやく肩の力が抜けた気がしました。
💡 ADHD「不注意優勢型」って、どんな特徴?
ADHDというと「多動」のイメージを持つ方も多いですが、長男のタイプは「不注意優勢型」。じっとしていられないというより、ぼーっとしている・注意が散漫になりやすいのが主な特徴です。
授業を妨害しないため、先生にも見落とされやすいのが、このタイプの難しさです。
- 先生の話を聞いているようで、全く聞いていない
- 指示を複数言われると、最初のこと以外は覚えられない
- 興味のないことへの集中力がほぼゼロ
- 忘れ物・なくし物が多い
- 逆に、好きなことには何時間でも集中できる(過集中)
「うちの子も似てるかも」と感じたなら、まず専門機関に相談してみることをおすすめします。診断がつくつかないに関わらず、子どもの特性を理解するだけで、関わり方がガラリと変わります。
🌱 診断後に変わったこと——「武器を手に入れた」感覚
診断を受けてから、私の気持ちは複雑でした。「やっぱりそうだったか」という納得。「これからどうすれば」という不安。そして、少しの安堵感。
「育て方が悪いのではなかった」——それがわかっただけで、どれだけ楽になったか。
診断後に一番変わったのは、「具体的に動けるようになった」ことです。
- 学校への説明がしやすくなった
- 支援の申請ができるようになった
- 「怠けている」から「特性がある」に見方が変わり、怒鳴ることが減った
- 長男も「自分はADHDだから、こういうところが苦手なんだ」と理解し始めた
診断は「レッテルを貼ること」じゃない。「どう助ければいいかわかる地図」を手に入れることだと、今は思っています。
📚 診断後に何度も読み返した一冊
「発達障害の子がどんなふうに世界を見ているか」が丁寧に書かれていて、長男への見方がガラッと変わりました。診断後に読むと特に響きます。「怠けている」「わざとやっている」と思ってしまう前に、ぜひ読んでほしい一冊です。
📱 天神タブレット学習
診断後、「勉強をどうサポートするか」が最初の悩みでした。紙のドリルは気が散りやすい長男には合わなかったので、タブレット学習を試してみることに。天神は発達障害・グレーゾーンの子のペースに合わせた設計で、一問ずつ達成感を感じやすい仕組みになっています。無学年式なのでさかのぼり学習も可能です。
✏️ まとめ|「気になる」を大切にしてほしい
❌「のんびり屋さん」「男の子だから」で流す
⭕️「何かが違う」という直感を信じて、一歩動いてみる
❌ 保育園・幼稚園の情報が小学校に届くと思っている
⭕️ 自分でまとめて、入学前に担任に渡す
❌ 診断=レッテルと恐れる
⭕️ 診断=「どう助ければいいかわかる地図」を手に入れること
「うちの子だけおかしいのかな」と思っていたあの頃の私に、今なら伝えられます。
おかしくない。ただ、ちょっと違う脳を持って生まれた子だった。それだけです。
同じモヤモヤを抱えているお母さんに、少しでも届いたら嬉しいです。今日もお疲れさまでした。


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