※本記事にはPRが含まれます
📌 この記事でわかること
- ADHD(不注意優勢型)の子が中学で無気力になった理由と、親の葛藤
- 「高専に行きたい」という一言が生まれたきっかけ
- 偏差値50以下から偏差値61の高専に合格するまでの勉強戦略
「うちの子、中学でもこのまま大丈夫なんだろうか…」「志望校なんて決まる気がしない」
ADHDのある子の中学進学を前に、そんな不安を抱えているお母さんに読んでほしい記事です。
前回の記事では、長男が小学3年生でADHD(不注意優勢型)と診断されるまでをお話しました。今回はその続き——中学でどん底に落ちながら、ひとつの夢を見つけて高専に合格するまでのリアルな体験です。
「発達障害があっても、自分に合った場所に出会えれば変われる」ということを、少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
🟠 中学入学——あっという間に「無気力」になった
小学校を卒業した長男に、中学入学への不安はもちろんありました。でも同時に「環境が変わればもしかして…」という淡い期待もあったんです。
その期待は、あっさり裏切られました。
中学1年の夏ごろから、長男は見る見る無気力になっていきました。
部活にも入らず、帰ってきてもぼーっとしているか、ゲームかスマホ。夜は寝ない、朝は起きられない。生活リズムが完全に崩れていきました。
授業についていけず、宿題は出さない。遅刻は日常茶飯事。先生から電話がかかってきても「はあ、また…」と思うだけで、何をどうすればいいのか分からなくなっていました。
声をかけると「うるさい」「わかってる」とイライラして反発するか、完全に無言。どちらかというと親への反発より、「全部どうでもいい」という感じの虚無感が漂っていて、それが私には一番つらかったです。
今思えば、私も「過介助」になっていたと思います。起きられないから起こす、忘れ物しそうだから準備を手伝う、宿題やらないから口うるさく言う——。長男にとっては「あれこれ管理されている」と感じていたでしょうし、だからこそ反発も生まれていたのかもしれません。
でも手を引いたら今度は本当に何もできなくなってしまう。そのはざまで、私はずっと迷っていました。
この無気力な生活が、約2年続きました。成績は、見ていられないほどの状態でした。
🟠 「高専に行きたい」——突然の一言
転機は、中学2年の3月に突然やってきました。
「高専に行きたい」
ある夜、長男がぽつりと言いました。
きっかけは、1学年上の友達でした。その子が高専に進学して寮生活を始め、毎日のように「今日こんな授業だった」「寮の飯うまい」「一緒に来ないか?」とLINEしてきていたそうです。
私自身、高専のことはほとんど知りませんでした。調べてみると——
- 中学卒業後に入学できる5年一貫の専門教育機関
- 工学・情報技術を1年生から本格的に学べる
- 卒業時に「準学士」の学位が得られる
- 就職率がほぼ100%で、企業からの求人倍率が非常に高い
- 寮生活で自立を促す環境がある
長男の「唯一の得意」は数学と、パソコンを触ること。「興味を持てたら打ち込める」という特性がある長男に、高専という場所はぴったりかもしれないと直感しました。
ただし問題は、志望先の高専の偏差値が61ということ。当時の長男の実力は模試すら受けたことがなく、おそらく50以下。「現実的に間に合うのか…?」という不安は、正直大きかったです。
🟠 オープンキャンパスで確信した「ここだ」
中3の9月、家族で高専のオープンキャンパスに参加しました。そこで見たのは、長男がようやく「自分の場所」だと思えそうな世界でした。
- 授業がとにかく面白い:プログラミングでロボットを動かす、ゲーム制作の実演、動画編集の授業など、長男の「好き」にまっすぐ刺さるものばかり
- 個性が尊重される校風:展示物にアニメやゲームが使われていて、「オタク」でいることへのハードルが全くない雰囲気
- 自由さと厳格さのバランス:制服なし・髪型自由だけど、SNSのルールやいじめへの対処は徹底されていると聞き安心感もあった
帰り道、長男は珍しく興奮した様子で「ここ、絶対行きたい」と言いました。私は正直、胸がいっぱいでした。あの無気力だった子が、自分で「行きたい場所」を見つけた。
⭐️ここが大事!「いつかやる気になるかも」と信じて待ち続けた2年間が、この一言につながったと思っています。
🟠 中3の秋、ようやく「スイッチ」が入った
とはいえ、すぐに行動が変わるわけではありませんでした。塾の先生には「現実的には偏差値40台の公立校のほうがいいのでは」と言われ、長男はショックを受けた様子でした。それでも私は「ダメでもいいから第一志望は高専にします」と先生に伝えました。本人の意思を、まず大切にしたかったんです。
長男が本格的に勉強を始めたのは中3の秋——受験まであと5ヶ月というタイミングでした。遅い。本当に遅かった。でもそこからの集中は、小学校時代には見せなかったほどのものでした。
「興味がないことへの集中力はゼロ、でも興味があることへは過集中できる」——ADHDの特性がここで初めて「武器」になった気がしました。
🟦 ADHD・発達障害のある子が高専を目指すとき
経験から感じたことをまとめると、ADHDや発達障害のある子にとって、高専という選択肢はかなり「ありうる進路」だと思います。
理由は3つです:
- 「得意×専門」で伸びられる環境:興味のある分野だけを深く学ぶので、ADHDの「過集中」が武器になる
- 多様性に寛容な校風が多い:個性的な生徒が多く、「変わってる」ことがマイナスになりにくい
- 寮生活で自立が促される:親が過介助しにくい環境になることで、子ども自身の力が育つ
ただし入試は、一般的な高校と同じように学力が問われます。「得意科目はある、でも苦手科目が足を引っ張る」というのがADHDの子の典型的な悩みどころ。長男の場合、数学は得意でしたが、国語・英語が弱点でした。そこを入試直前の5ヶ月で集中的に補いました。
高専入試は教科数が絞られているので、苦手を潰す集中対策がしやすかったのも結果につながったと思います。
🟩 受験勉強で機能したこと・しなかったこと
ADHD不注意優勢型の長男にとって、一般的な受験勉強のスタイルはほとんど機能しませんでした。塾に通わせてみたものの、授業中に上の空になり、宿題は積み上がるばかり。「みんなと同じやり方では無理だ」と気づき、完全に個別のスタイルに切り替えました。
- ✅ 機能したこと:短時間・高集中の一問一答形式、タブレット学習、好きな教科(数学・技術系)から始める、学習時間を本人が決める
- ❌ 機能しなかったこと:長時間の座学、大勢の塾、暗記中心の詰め込み、親が管理するスケジュール
「この子に合う学び方はこれだ」とわかってから、短期集中で苦手科目を一気に伸ばすことができました。
ADHDの子は、「今すぐ正解か不正解か分かる」「短いサイクルで達成感がある」という形式が勉強のエンジンをかけやすいです。タブレット型の学習は、紙のドリルをじっと解き続けるより集中が続いていました。
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🟠 合格発表——「満面の笑顔」を見た日
合格発表の日、長男は「自分で見る」とパソコンを開きました。
数秒後——その顔が、満面の笑顔になりました。
私は信じられない気持ちで固まってしまいました。「嬉しい」という感情が追いついてきたのは、その少し後のことです。あの無気力だった子が、自分で決めた場所に、自分で届いた。それがどれほどのことか、言葉にできませんでした。
🟩 合格後に気づいた——「自分で選んだ」ことの力
長男が高専に合格したとき、私が一番嬉しかったのは「合格した」という事実より、「自分で決めた道を、自分で切り開いた」ことでした。中学時代、布団から出られなかった子が、自ら情報を集め、受験を決め、試験を受けた。それだけで十分すぎるほどの成長でした。
発達障害のある子は、「やらされること」には動けないけれど、「自分がやりたいこと」には驚くほどのエネルギーを発揮することがあります。長男の高専受験はまさにそれでした。本人が「行きたい」と言った場所だったからこそ、最後まで走り切れたのだと思います。
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苦手な単元をさかのぼって基礎から固められる設計。「どこからわからなくなったか」を整理し直すきっかけにもなります。ADHD不注意優勢型の子が続けやすい一問一答形式。
📝 まとめ:「どうせ無理」と思わないでほしい
長男の中学時代を振り返ると、「もうダメかもしれない」と思った瞬間が何度もありました。でも今、高専2年生として充実した生活を送っている姿を見て思うことがあります。
子どもには、「自分の場所」に出会うまで待つ時間が必要なこともある。
- ✅ 無気力に見えても、どこかでアンテナを張っている
- ✅ 「行きたい」という気持ちが生まれたとき、子どもは変われる
- ✅ 親は「正しい選択」より「本人の意思を尊重する」ことが大事
もし今、中学生のお子さんを見て「このまま大丈夫かな」と不安なお母さんがいたら——その気持ち、とてもよく分かります。でも今すぐ変わらなくても、その子なりの「スイッチ」は必ずあると思います。
次の記事では、高専入学後の長男が寮生活でどんな変化を見せたか、母として感じたことをお話しします。
同じように長い無気力期を乗り越えたお母さんたちに、この記事が届いていたら嬉しいです。

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