手が離れる、ということ——育休明けの内線電話から、温泉で泣きそうになった日まで

ADHD長男の記録

📌 この記事でわかること

  • 育休明けの内線電話——「大丈夫ですよ」で初めて肩の荷が降りた話
  • お泊まり保育・修学旅行・入寮……「手が離れる」が少しずつやってきた記録
  • 友達と温泉に行けた日、温泉より先に涙が出た理由

※本記事にはPRが含まれます

「手が離れる」って、いつのことを言うんだろう。

物理的に?精神的に?
発達障害の子を育てていると、この問いが何年も頭の中にある気がします。

定型発達の子でも「子育ての手離れ」は人それぞれですが、
発達障害の子の場合、それがいつ来るのか——来るのかどうかさえ——
本当に見えなかった。

「いつになったら楽になるんだろう」
そう思いながら過ごした時間が、気づけば十数年になります。

今回は、長男(ADHD・高専2年)と次男(ASD・中2)を育ててきた私が、
「あ、少し手が離れた」と感じた瞬間を、順番に書いてみます。
しんどかった記憶も、正直に。

📞 育休明けの内線電話——初めて「ほっと」した日

長男が生まれてから1年間、ずっと一緒でした。

24時間。私以外には無理。
夜も寝られない、休めない。可愛いけど、いつまで続くんだろう——
そんなことを考えながら過ごした育休でした。

育休明け、長男を職場内保育所に預けた初日。

受け渡しのとき、長男はギャンギャン泣きました。
後ろ髪を引かれながら職場に向かって、仕事が手につかない。

20分後、こっそり内線電話をかけました。

「すみません……どうしても心配で」

返ってきた言葉は、

「大丈夫ですよ。機嫌よく遊んでますよ」

その瞬間、初めて肩の荷が降りました。

私がいなくても、過ごせるんだ。
ずっと心配していたことが、一瞬で消えた瞬間でした。

⭐ここが大事!

「私がいないとダメ」は思い込みかもしれない。でもそれに気づくには、一度離れてみるしかない。

🚗 帰れない駐車場の1時間

でも、仕事が終わって迎えに行くと——

チャイルドシートにも乗せられないくらい、ベッタリ。
下ろすと泣くので、駐車場で1時間ほど抱っこしたまま帰れない。

そのあと泣く長男を無理やりチャイルドシートに乗せて帰宅。
夜はバタバタ、なかなか寝ない。
朝もバタバタ。

「ほっとした」のはほんの一瞬で、
家に帰れば毎日戦争みたいでした。

次男が生まれたとき、ふと思いました。

「長男一人のときって、あんなに楽だったんだ」

当時は全然楽に感じていなかったのに、比べると全然違う。
しんどいしんどいと挫けながら、なんとか生きていた日々でした。

🌙 お泊まり保育——神の時間

転機は、長男のお泊まり保育でした。

たった一泊。
でも、あの夜の解放感は忘れられません。

夜、次男だけの静かな家。
嬉しくて笑ってしまったくらいです。

そのあとも「手が離れる瞬間」は少しずつやってきました。

  • 次男のお泊まり保育
  • 長男の小学校修学旅行
  • 次男の小学校修学旅行

心配は心配。でも身体的には、信じられないくらい楽でした。

幼児期に比べれば、お世話は徐々に楽になっていく。
でも小学校時代は学習面でのサポートがあって、
仕事から帰ってからの生活はやっぱりしんどかった。
次男の不眠もあったし、全然ゆっくりできなかった。

😤 長男の思春期——地獄の毎日

一番きつかったのは、長男の中学時代です。

寝ない。食べない。起きない。

昼夜逆転しないように必死で、
毎朝起こすことだけで体力を使い果たしていました。

何を言っても「うるさい」と返ってくる。
歩み寄ろうとするとかえって逆効果で、
どうしたらいいかわからなくて途方に暮れた時期です。

「手が離れる」どころか、
むしろ幼児期よりきつい局面もありました。

発達障害の子の思春期は、「激しくなるタイプ」と「静かに内に籠るタイプ」がいます。
長男はどちらかというと前者で、家の中がずっとピリピリしていた。

次男は長男ほど激しくはなかったけれど、
それはそれで「何を考えているかわからない」不安がありました。

しんどさの種類は違っても、どちらも消耗します。
当時は「いつになったら楽になるんだろう」と、
本気で思っていました。

🏠 長男が寮に入った日

そして、長男が高専に合格して入寮した春。

信じられないくらい、身体が楽になりました。

毎朝起こさなくていい。
夜中に様子を見なくていい。
食事を用意しなくていい。

罪悪感があるかと思いきや、そんなことはなかった。
ただただ、静かで、穏やかでした。

「あ、これが普通の夜なんだ」と思いました。

長男が寮に入ってからは、次男との時間も変わりました。
一対一で話す時間が増えて、
「この子、こういうこと考えてたんだ」と気づくことが増えた。

手が離れることで、見えてくるものがある。
そんなことを感じた春でした。

♨️ 友達と温泉に行けた日——温泉より先に涙が出た

そして先日、初めて友達と温泉に一泊しました。

次男と夫を置いて、自分だけ。
こんな日が来るとは、正直思っていませんでした。

完全に忘れてお泊まりなんてできない、と思っていたから、
長男には定時にLINE、次男にも連絡しました。
でも本当に、大丈夫でした。

旅館に着いて、温泉に入る前に——
なぜか涙が出そうになりました。

温泉が嬉しかったんじゃない。
ここまでの長い道のりを、急に思い出したんです。

育休明けの内線電話。
帰れなかった駐車場。
神の時間だったお泊まり保育一泊。
地獄だった思春期の毎朝。

そのすべてを経て、今ここにいる。
子どもたちが、大丈夫になった。
それだけで、長い間頑張ってきたことが報われた気がしました。

⭐ここが大事!

「手が離れる」は一瞬じゃない。何年もかけて、少しずつ、じわじわやってくる。

🌿 これからのこと

高2と中2になった子どもたち。

もちろん、これで終わりではありません。
私自身も年をとっていく。
子どもたちが自分で過ごせるようになってくれないと、困るのは本当のことです。

あともう少し。
より良い社会生活を送れるように、
今できることを続けながら、一緒に進んでいくつもりです。

「手が離れる」には、2種類あると今は思っています。

物理的に離れる——お世話が減る、一人でできることが増える。
精神的に離れる——「この子は大丈夫」と思える瞬間が増える。

物理的な手離れは、子どもの成長とともに少しずつやってきます。
でも精神的な手離れは、親が意識して手放さないと、なかなか来ない気がします。

温泉で泣きそうになったあの感覚は、
きっと「少し手放せた」サインだったのかもしれません。

でも今日だけは、温泉で泣きそうになった自分を、
少しだけ褒めてあげたいと思っています。

同じように、長い道のりを歩いているお母さんに届いていたら嬉しいです。

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