「自閉症の子は謝れない」は半分正しい??——次男は謝りすぎるほうだった

ASD次男の記録

📌 この記事でわかること

  • 「自閉症の子は謝れない」は一面しか見ていない——逆パターンもある
  • 次男は謝りすぎる・ありがとうも言いすぎる——場にそぐわない謝罪の話
  • 謝れない子と謝りすぎる子、根っこにある同じ特性とは
  • 親としての関わり方——「言い方」より「場面理解」を育てる

※本記事にはPRが含まれます

「自閉症の子は謝れない」とよく言われる。

でも次男を見ていると、全然そうじゃない。むしろ逆だ。

ごめんをよく言う。ありがとうもよく言う。でも「あれ、今それ言う場面?」と思うことがある。ちょっとぶつかっただけで「ごめんなさい!」。何かしてもらった記憶がないのに「ありがとう!」。

最初はいいことだと思っていた。でもだんだん気になってきた。言葉の中身がなんとなく薄い。場面と言葉がかみ合っていないことがある。

これはこれで、ASDの特性だったのかもしれない。

「自閉症の子は謝れない」——でも次男は謝りすぎる

友達に謝る次男

ネットや本を調べると、ASDの子の「謝れない」についての情報はたくさん出てくる。相手の気持ちが読めない、言語化できない、感情がパニックになるから謝えない——そういう説明がほとんどだ。

でも次男はそうじゃなかった。次男はよく謝る。よくありがとうを言う。

友達にぶつかったとき、「ごめんなさい」。何かを頼まれてやったとき、「ありがとう」。それはいい。でも、誰も傷ついていない場面で「ごめんなさい」が出てきたり、何もしてもらっていないのに「ありがとう」が出てきたりすることが、たまにある。

言葉の選択は合っているのに、タイミングや文脈がずれている。相手も「え?」という顔をすることがある。

⭐ 「謝れない」のが問題なのか、「謝りすぎる」のが問題なのか——どちらも「場面理解の難しさ」という同じ特性から来ている可能性がある。

なぜ謝りすぎる・ありがとうを言いすぎるのか

ゆうこと次男がソファで話している

ASDの子は、社会的なルールを「学習」することができる。「失礼なことをしたら謝る」「してもらったらありがとうを言う」——これを教えれば、覚えることができる。

でも難しいのは、「どの場面でそのルールを使うか」の判断だ。

定型発達の人はここを無意識にやっている。空気を読んで、相手の表情を見て、状況を瞬時に判断して「これは謝る場面か、そうでないか」を決める。でもASDの子にとって、この「空気を読む」「文脈から判断する」という部分が難しい。

結果として起きることが2パターンある。

ひとつは「いつ謝ればいいかわからないから謝れない」。もうひとつは「とにかく謝っておけば大丈夫というルールを作って、場面を問わず適用してしまう」。

次男は後者に近い。「何かあったらごめんと言う」「関わりが生じたらありがとうを言う」というルールを自分なりに作って、それを一生懸命守ろうとしている。悪意も手抜きもない。でも場面とのズレが生まれる。

⭐ ASDの子が言葉の意味を「覚える」ことと、「使う場面を判断する」ことは、別のスキルだ。言葉を知っているのに使いどころがわからない、ということが起きやすい。

謝れない子と謝りすぎる子——根っこは同じ特性

「謝れない子」と「謝りすぎる子」は、一見正反対に見える。でも根っこにある特性は同じだと思っている。

どちらも「その場の空気・相手の感情・文脈から、適切な言葉と行動を判断する」ことが難しい。その結果が、一方は「謝らない」になり、もう一方は「謝りすぎる」になる。

ASDの特性として、「場面ごとに異なる社会的な判断」が難しいことが知られている。「謝るべきかどうか」は明文化されたルールがない曖昧な判断であり、空気や文脈を読む必要がある。これが苦手なため、「謝れない」方向にも「謝りすぎる」方向にも、同じ特性が異なる形で現れることがある。

次男の「ごめんなさい・ありがとうを言いすぎる」は、ある意味で「社会的なルールを一生懸命守ろうとしている」結果でもある。悪いことじゃない。ただ、「どこで使うか」の感覚が育っていない状態だ。

「場にそぐわない謝り方」で損をすることがある

心配しているのは、場にそぐわない謝り方・感謝の言い方が、逆に相手に違和感を与えてしまう場面だ。

何でもないことで過剰に謝ると、相手は「え、なんか悪いことしちゃった?」と困ることがある。あるいは「この子なんか変だな」という印象を持たれてしまう。

次男は今のところ大きなトラブルにはなっていない。バスケ部のチームメイトとも楽しくやれている。でも社会に出たとき、職場で、新しい人間関係の中で、「謝りすぎる人」という印象が積み重なっていくことは心配だ。

「ごめんなさいって言えてえらいね」と子どものころは言っていたことが、中学・高校・社会に出る頃には「なんか噛み合わない人」という評価につながりうる。

親としての関わり方——「言い方」より「場面理解」を育てる

「ちゃんと謝りなさい」「ありがとうを言いなさい」という関わりは、言葉の習慣づけにはなる。でも場面理解を育てるには、もう少し違うアプローチが必要だと感じている。

私がやっていること(完璧ではないけれど)は、「今のは謝る場面だった?」「今のはありがとうを言う場面だったと思う?」と、後からそっと確認することだ。責めるんじゃなくて、一緒に考える感じで。

「相手はどんな顔をしていた?」「相手が困っているように見えた?」——具体的な手がかりを一緒に探すことで、次男なりの「判断のルール」が少しずつ更新されていく気がしている。

まだまだ途中だし、全部うまくいっているわけじゃない。でも「なんで謝りすぎるの!」と怒るより、「どの場面で使うか」を一緒に考える方が、次男には届いている。

⭐ 言葉そのものより、「どの場面で使うか」の感覚を育てること。それがASDの子の言語・コミュニケーション支援の核心かもしれない。

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まとめ

✅ 「自閉症の子は謝れない」は一面しか見ていない。逆に謝りすぎるパターンもある
✅ どちらも根っこは「場面理解の難しさ」という同じ特性
✅ ASDの子は言葉を覚えることはできる。でも「どこで使うか」の判断が難しい
✅ 「謝りなさい」より「今のは謝る場面だった?」と一緒に考える関わりが届きやすい
❌ 言葉だけを正そうとしても、場面理解が育たないと根本的な解決にならない

次男の「ごめんなさい・ありがとう」が場にそぐわない場面を見るたびに、複雑な気持ちになる。一生懸命やっているのは伝わる。でも、もう少し「そこじゃないよ」が言えるようになってほしい。その「そこじゃない」を教えるのが、親の役目なんだと思っている。

同じように「うちの子、謝り方がなんかズレてる」と感じているお母さんに、届いていたら嬉しいです。

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