発達障害の診断を、受け入れるまで——ショックだった長男、「やっぱりな」だった次男

診察室で診断の説明を聞く母と幼い子のイメージイラスト お母さんの気持ち

📌 この記事でわかること

  • わが子の診断・指摘を受けたときの、母の正直な気持ち
  • ショックだった長男と「やっぱりな」だった次男——受容の形は違っていい
  • 受け入れられない時期を経て、私の受容を助けてくれたもの

※本記事にはPRが含まれます

わが子に発達障害の診断がつく。あるいは、「特性があるかもしれません」と告げられる。

その瞬間の気持ちは、経験した親にしか、たぶん分かりません。頭が真っ白になる人、涙が出る人、実感がわかない人、ほっとする人。どれも正解で、どれも本当です。

わが家には、ADHDの長男とASDの次男がいます。ふたりぶん、私は「告げられる日」を経験しました。そして意外なことに、そのときの気持ちは、ふたりでまったく違ったんです。この記事では、その話と、受け止めるまでの道のりを書きます。

💥 長男のとき——ショックだった

長男は、保育園の2歳児クラスの頃に、園から特性を指摘されました。

2歳です。まだ、あんなに小さかった。うちの子はよく寝ないなあ、ちょっと育てにくいなあとは思っていたけれど、「発達」という言葉がわが子に向けられるなんて、考えたこともありませんでした。

本音を言うと、ショックでした。すぐには受け止めきれなかった。当時の私は発達障害の知識もほとんどなくて、この子の未来がどうなってしまうのか、悪いほうの想像ばかりが膨らみました。園の先生の前では平静を装って、頭の中は真っ白。あの日の帰り道のことは、今でもうっすら覚えています。

受け入れるどころか、意味を理解するだけで精一杯。それが、一人目の「告げられた日」の、私の正直な姿でした。

🍃 次男のとき——「やっぱりな」だった

次男のときは、まるで違いました。

私は次男が小さい頃から、「この子は、そうかもな」と感じていたんです。長男のことで学んできた目で見ると、次男の中にも、同じ種類の何かが見える。だから、ASDの診断がついたとき、私の中に浮かんだ言葉は「やっぱりな」でした。

「え、この子が?」という驚きは、ありませんでした。ショックで眠れなくなることもなかった。心のどこかで準備ができていて、診断は答え合わせのようなものだった。

同じ母親でも、一人目と二人目で、こんなに違う。受容の形は、親の強さや愛情の深さで決まるのではなくて、そのときの知識や経験、心の準備で変わるもの。ふたりの診断を経て、私はそう思うようになりました。だから、今ショックのただ中にいる方が「受け止められない自分はだめだ」と思う必要は、まったくないんです。

もうひとつ、次男のときに私を落ち着かせたものがあります。診断がつかないまま大人になった人を、私は身近に知っているということです。名前がつかないと、何が苦手なのかも分からないまま、「だらしない」「変わっている」で片づけられてしまう。調べることも、頼ることもできない。それを見てきたので、私にとって診断は「くだされるもの」ではなく、この子の取扱説明書を手に入れることに近い意味を持つようになりました。

🌧️ 受け入れられない気持ちは、当然

長男の指摘のあと、私の中には、いろんな気持ちが行き来しました。

何かの間違いじゃないか、と否定したい気持ち。私の育て方のせいなのか、と自分を責める気持ち。いっそ聞かなかったことにしたい気持ち。どれも、口には出さなかったけれど、確かにありました。

今なら分かります。あれは、親としての愛情が壊れていたのではなくて、大事なわが子のことだからこそ、心が揺れていた。受け入れられない時期は、冷たい親の証拠ではなく、真剣な親の通り道なんだと思います。

だから、もし今あなたがその中にいるなら、揺れている自分を責めないでほしい。受容を急かす言葉は、世の中にあふれているけれど、心の速度は人それぞれ。ゆっくりでいいんです。

🌤️ 何が、私の受容を助けたか

それでも私は、少しずつ受け止められるようになっていきました。振り返ると、助けてくれたものがいくつかあります。

いちばん大きかったのは、「育て方が悪いんじゃなかった」と思えたこと。診断がつくまで、私はどこかでずっと、自分を疑っていました。私の関わりが悪いから、この子はこうなのかと。診断は、その終わらない自責に、区切りをつけてくれました。この子は、生まれ持った特性と一緒に生きている。私のせいでも、この子のせいでもなかった。

それから、支援につながったこと。診断や指摘があったからこそ、福祉の人が園に来てくれて、学校の配慮が始まって、道が開けていきました。名前がつくことは、レッテルではなくて、助けを呼ぶための旗にもなる。

そして、その子の取扱説明書が手に入ったこと。検査や診断を通して、得意と苦手の形が見えてくる。訳が分からなかった行動に、理由があると知る。「なんで?」が「そういうことか」に変わるたび、私の心は少しずつ楽になりました。

もうひとつ、私だけかもしれない話も。子どもたちの特性を調べるうちに、「これ、私にもあるかもしれない」と気づいたんです。若い頃から感じていた生きにくさに、説明がついた。子どもの診断を受け止める道のりは、私自身を理解し直す道のりでもありました。

📱 診断がついたあと、勉強でつまずいたら

診断は「取扱説明書を手に入れること」だと書きましたが、いちばん先に困りごとが出るのは勉強でした。学年のペースに合わないまま進むと、抜けがどんどん積み上がります。

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🔄 「受け入れる」は、一度きりのゴールじゃない

受容というと、いつか到達して終わる、ゴールのように聞こえます。でも実際は、違いました。

受け止められたと思った翌月に、周りの子と比べて落ち込む。成長を喜んだ次の日に、将来が不安で眠れない。行きつ、戻りつ。私の受容は、今も完成していないのかもしれません。

でも、それでいいんだと思っています。行きつ戻りつしながら、それでも毎日ごはんを作って、話を聞いて、一緒に笑う。受容とは、心の状態というより、そうやって続いていく日々のことなのかもしれません。

実際、私の受容は今も揺れ続けています。長男が高専に進んで寮に入ったときも、後期に赤点を持って帰ってきたときも、そのたびに「この子はこの先どうなるんだろう」と、診断を告げられた日と似た気持ちが戻ってきました。受け入れたつもりでも、節目のたびに揺り戻しが来る。それが普通なんだと思います。

⭐ここが大事!

受容の速さは、親の強さや愛情の深さでは決まりません。そのときの知識と、心の準備で変わります。一人目でショックを受けて、二人目で「やっぱりな」と思ったのは、私が成長したからではなく、間に学ぶ時間があっただけ。受け止められない時期は、冷たい親の証拠ではなく通り道です。

🌅 診断は、終わりではなく始まりだった

2歳の長男のことで頭が真っ白になったあの日、私は、この子の何かが終わってしまったような気がしていました。

でも、違いました。あの日は、終わりではなく始まりでした。支援が始まり、理解が始まり、この子に合った道を探す旅が始まった。あの子は今、高専の寮で自分の生活を生きています。あの日の私に見えていた「悪いほうの想像」は、ひとつも当たりませんでした。

今、診断という言葉の前で立ちすくんでいるお母さんへ。受け止められなくて、大丈夫。揺れたままで、大丈夫。診断がついても、あの子は昨日までと同じ、あなたの大事な子どもです。変わるのは子どもではなくて、周りの支えの厚さのほう。

ゆっくり、ゆっくりで、いいんです。私も、ここまで来るのに何年もかかりましたから。

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