発達障害かもしれない子が、国立医大生になった——学生時代の友達の話が教えてくれた「紙一重」のこと

お母さんの気持ち

📌 この記事でわかること

  • 幼児期に「重度の自閉症」と診断された子が国立医学部へ進んだ実話
  • 癇癪・多動がひどかった子が難関国立大へ進んだ実話
  • 発達障害の特性が「武器」になる理由と、将来を見る視点の変え方

※本記事にはPRが含まれます

ある日、ふと思い出したことがある。

学生時代に仲良くなった友達2人のこと。そして、その子どもたちのこと。

この話を書こうと思ったのは、次男の将来について考えていたときだった。ASDの次男は今、中学2年生。将来どんな仕事に就くのだろう、好きなことを活かして生きていけるのだろうか——そんなことを考えていたときに、ふと2人の友達の顔が浮かんだ。

学生時代に仲良くなった、どこか変わってて面白い友達2人

友達AとBは、学生時代に知り合った。

2人とも、どこか独特のキャラクターを持っていた。友達Aは、話すと面白いけど少し周囲と空気が合わないところがあった。子育てが始まってからも、なんとなく連絡が続いていた仲だ。

友達Bは、エネルギーが有り余っていて、とにかく行動力があった。「これ面白そう」と思ったら即動く。でも時々、周りをちょっと疲れさせるタイプ☺️。

2人とも、今では立派なお母さんになっている。離れているのでラインや電話でのやり取りばかりだったけど2人も発達障害ママともだったなあ、と思い出した。

友達Aの次男——3歳で「重度の自閉症」と言われた子

友達Aには3人の子どもがいる。3人とも男の子。長男はただただヤンチャな男の子。

次男は3歳のとき、診断がついた。「重度の自閉症」。

言葉はあった。でも自分の世界の中でひたすら一人で遊んでいて、他の子とのやり取りがほとんど成立しなかった。やっと歩けるようになった頃から何時間も黙々と遊び、母のことを気にするそぶりがなかった。診断は「重度自閉症」

友達Aからその話を聞いたとき、私は言葉が出なかった。

でも友達Aは、とにかく動いた。療育に通い、家での関わり方を変え、専門家と連携しながら少しずつ積み上げていった。長男も三男もいる中で、次男の療育に正面から向き合い続けた。

そしてあのとき「重度自閉症」と言われた子は、今——国立大学の医学部に通っている。

「重度自閉症」という診断が有耶無耶になっていったのは、成長とともに言語・認知・社会性が急速に伸びたから。特性は残っているけれど、驚くほどの成長を遂げた。

友達Aは言っていた。「あのころ、本当に途方に暮れていた。でも、この子の好きなことを潰さないようにしようと思って。それだけは守った」と。

ちなみに三男は、勉強よりも野球が好きで天真爛漫に育ったそうだ。同じ親・同じ家庭で育っても、子どもは本当にそれぞれ全然違う。そういうものなんだと改めて思った。

幼い頃、泣く子に寄り添うお母さんのイラスト

友達Bの長女——幼児期の癇癪で「2人目は産めない」と思った

友達Bの長女は、とにかく癇癪がひどかった。

スーパーに行けばひっくり返って泣く。気に入らないことがあると手がつけられなくなる。「もう2人目は産めない」と友達Bがこぼしていたのを、今でもはっきり覚えている。

多動も目立っていた。じっとしていられない。衝動的に動いてしまう。保育園でも「落ち着きがない」と言われていたらしい。

でも友達Bは、その子の「エネルギー」を削ごうとはしなかった。「この子には好きなことをとにかくやらせよう」と、体当たりで付き合い続けた。

長女は今——難関国立大学の情報工学科に通っている。

幼いころのあのエネルギーは、プログラムを何時間でも集中して組み続ける力に変わった。衝動的に「これやりたい」と飛び込む力が、今は新しいことへのチャレンジ精神になっている。「癇癪がひどかった子が、今や論理でプログラムを組んでいる」——友達Bはそう笑って話してくれた。

「紙一重」の正体——あの頃の特性が、武器になった

2人の話を聞いて、私が感じたこと。「特性」と「才能」は、紙一重なんだということ。

ASDの特定のものへの強い執着・こだわり。ADHDの衝動性・多動・過集中。幼児期には「困った行動」に見えるそれが、環境や時期が変わると、「誰にも負けない強み」に変わる。

一人の世界に没頭できる力——それは深い集中力。好きなことへの止まらない執着——それは専門性への原動力。衝動的に行動できる力——それはチャレンジ精神。ルールへの違和感——それは独自の視点。

でも、特性が勝手に才能に変わるわけじゃない。大事なのは、特性を「直す」のではなく「受け入れて活かす」環境があったこと。友達Aも友達Bも、子どもの「困った部分」を消そうとするより、「好きなこと・得意なこと」を潰さないことを優先した。そこが共通していた。

⭐️ここが大事! 問題は特性そのものじゃなく、「その特性を活かせる環境に出会えるかどうか」なんだと思う。

もちろん、全員がこうなるわけじゃない。それは分かっている。でも少なくとも「この特性がある子は将来ダメ」という考えは、完全に間違っていると——この2人が教えてくれた。

ママたちも「個性的」だった、という話

ここで一つ気づいたことを。

友達AもBも、思えば独特の個性を持っていた。友達Aは、人の気持ちを読むより「正しいかどうか」で動くタイプ。友達Bは、じっとしていられなくて、エネルギーが溢れていた。

子どもたちの特性は、親からもらったものでもある。遺伝の話は複雑だけど、親が持っていた「少し変わった部分」が、子どもの中でより鮮明に現れることは珍しくない。そして親の世代では「ちょっと変わった人」で済んでいたものが、子どもの代では診断名がつくケースも増えている。

私自身も、長男とよく似た特性を感じることがある。忘れっぽい。注意が散漫になりやすい。同時に、一つのことに集中するとなかなか止まれない部分もある。それが生きにくさでもあったし、「これは向いているかも」と気づかせてくれる部分でもある。

だから私は、子どもたちの特性を「どうにかして直さなきゃ」とだけ思うより、「この子はどんな環境でのびるんだろう」という目で見るようにしている。完璧にはできていないけれど、それを意識するだけで、子どもへの言葉も少し変わる気がしている。

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まとめ——将来は、誰にも決められない

3歳で「重度の自閉症」と言われた子が、国立医学部へ。幼児期の癇癪で「2人目は産めない」と泣いた友達の子が、難関国立大へ。

この話を聞いたとき、私は妙に納得した。友達2人とも明るくて努力家。そんな2人が育てた子どもだったから。

今この瞬間の「困った」は、将来の姿を決めない。今じっとしていられない子が、10年後に何時間でも椅子に座って集中できる大人になるかもしれない。今言葉が少ない子が、文章や数字や絵や音楽で、誰にも真似できない表現をする人になるかもしれない。

私たち親には、未来を決める力はない。でも——今の特性を「消そう」とするのではなく、そのまま受け取りながら一緒に歩いていくことは、できる。友達2人がそれをやってきた。私も、できるだけそうしていきたいと思っている。

長男も次男も、今日もそれぞれの場所で懸命に生きている。私はその姿をそばで見ながら、「この子たちの将来は、まだ誰にも分からない」ということを、2人の友達から改めて教えてもらった気がしている。

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