「あんなに素直だったのに、中学に入ったら別人みたいになってしまった」——そう感じているお母さん、あなただけじゃありません。
我が家の長男(ADHD)も、中学入学とともに支援計画が音を立てて崩れていきました。でも2年半の苦しい時間の先に、思いがけない「本人の力」を見ることができたのです。
今回は、長男の思春期の激変と、高専進学を経て見えてきた「親の支援の限界と可能性」についてお話しします。
🟠 あの子が別人になった——中学入学後の激変
長男はADHD・不注意優勢型。ぼうっとしていて静かな子でした。1対30の授業は全く無理でしたが、家での1対1の学習は理解が悪いわけではない。勉強は嫌いだけど、「平日できない日があっても土日に多めにしよう」という提案には渋々納得できる。そんな「話し合える子」でした。
小学校6年まではまあまあ素直で、促せば何とか学習も生活も取り組めていました。それが中学に入った途端、驚くほど変わってしまいました。
- 冬でもカッターシャツ1枚。上着は絶対に着ない
- 夏でも長袖。水分を取らず脱水で頭痛
- 食事を抜く日があり、睡眠も夜型で安定しない
- 今まで続けていた算数プリントを完全にやめてしまった
- リビングにも部屋にも寄り付かず、自室は「寝に戻るだけの場所」に
中1の三者面談で「全教科の提出物が未提出」「テストも壊滅的」と判明。それまで積み上げてきた支援計画が、一気に崩れ落ちた瞬間でした。
🟦 支援の試行錯誤——塾・通級・親の立ち回り
親として何もしないわけにはいきません。できることを探して動き続けました。
通級指導教室には引き続き通わせ、少人数の環境で学習の機会を確保しようとしました。塾も試してみましたが、集団授業では全く入らない。個別指導では少し落ち着けたものの、やる気の波が激しく安定しませんでした。
/wp:paragraph –>親の立ち回りとして特に気をつけたのは、「詰めすぎないこと」でした。思春期の子に親が強く関わると、反発が強まる。でも放置すると状況が悪化する。その「距離感」の調整が、2年半ずっと続く課題でした。
一番つらかったのは「これでいいのかわからない」という状態が続くこと。正解がない。試行錯誤しても手応えがない。それでも動き続けるしかありませんでした。
🟦 転機——1学年上の友人の高専進学
長男が中3になった頃、1学年上の友人が高専に進学したことをきっかけに、長男の目が急に輝き始めました。
高専(高等専門学校)は5年制で、工学・情報系の専門教育を受けながら、ほぼ大学相当の資格が取れる学校です。「机に向かう勉強だけじゃない」「技術を身につけながら資格も取れる」——この言葉が、長男に刺さったようでした。
「高専に行きたい」と言い出した長男は、それまでと別人のように勉強を始めました。進路という「目標」が生まれた瞬間、子どもは自分で動き始めるんだと、初めてリアルに感じた瞬間でした。
正直、私は最後まで合格できるとは思っていませんでした。ダメだった時のために、近くの私立学校を見学し、特性のある子への対応も調べていました。それでも長男は自分で動き、高専の入試を突破しました。
🟩 環境が変われば、子どもは変わる——入寮1ヶ月の奇跡
高専に合格し、寮生活が始まった長男。入寮後わずか1ヶ月で、見違えるほど変わりました。
- 毎食の写真を自分から送ってきてくれる(食事も野菜中心でバランスよく)
- 自分で起きて、スケジュールを管理している
- 電車の乗り換えがわからず、自分から駅員さんに聞いた——と報告してきた
- 中学時代には少なかった会話が、自然とスムーズに
「親が関わらなくても回る環境」になったことで、長男は長男なりに自分の力を発揮できるようになりました。「できない」と思っていたのではなく、親の関わりすぎが長男の力を引き出せていなかったのかもしれない——そう気づかされました。
発達特性がなくなったわけではありません。でも、生活を妨げないレベルにまで落ち着いた。それで十分です。
発達障害の子の学習サポートには、継続できる環境づくりが欠かせません。我が家では次男の学習にスマイルゼミを活用しており、タブレットでアニメーションを見ながら自分のペースで学べる点が特性のある子に合っていると感じています。
📝 まとめ:親の支援を超えて「本人の力」が育つまで
中学の思春期は、予測不能な変化が起きます。それまで順調だった子が急に崩れていく。支援計画なんてまるで意味をなさない——そんな日々が確かにありました。
でも最終的に長男を再生させたのは、「本人が目指したいものを見つけたこと」でした。
- 思春期は「距離感」を保ちながら見守ることが大切
- 転機はいつ来るかわからない——でも必ず来ると信じて準備する
- 子どもが「やりたい」を見つけた時、親は全力でサポートできる状態でいる
- 環境が変わると、子どもは自分の力で動き始める
「いつ転機が来るのか」「間に合わないんじゃないか」——その焦りは、今も完全にはなくなりません。でも、長男が見せてくれた変化が、「信じて待つことの意味」を教えてくれました。
次の記事では、同じ頃の次男の変化と、中学での成長についてお話しします。
中2・中3——あの2年間が一番しんどかった
長男に発達障害の診断がついてから、小学校・中学校と積み上げてきた支援の仕組み。でも中2になったころから、それが少しずつ崩れていきました。
思春期の反抗、学校への不信感、「俺は障害者じゃない」という言葉。これまで受け入れてきた療育や支援を、長男が自分で拒否するようになったんです。
親としてどうすればいいかわからず、「無理強いするべきか、見守るべきか」の間で揺れ続けた日々でした。
思春期の発達障害——親にできること・できないこと
この時期、私が学んだのは「親が直接介入できることの限界」でした。
思春期の子どもは「親に言われる」と逆効果になることが多い。代わりに、本人が信頼できる「親以外の大人」をそばに置くことが大切だと感じました。
長男の場合、中学の部活の顧問の先生が「そういう人」でした。勉強のことは話せなくても、その先生には少し話せた。そのつながりが、長男の中学時代の命綱になっていたと思います。
親ができることは、子どもが「この人は信頼できる」と思える人との出会いを増やすこと、そしてその関係を邪魔しないこと。
高専進学が「再生のスイッチ」になった理由
長男が高専を受験したいと言い出したのは、中3の夏でした。「普通高校は無理だけど、ここなら行けそうな気がする」という直感だったようです。
入学してからの変化は、明らかでした。授業が「やりたいこと」に直結していて、同じような興味を持つ仲間がいる。「学校が楽しい」という言葉を聞いたのは、何年ぶりだったか。
思春期に一度崩れた支援計画は、高専という環境が作り直してくれました。子どもの力を信じて待ち続けること——それが一番難しくて、一番大事だったと今は思います。
同じ時期のお母さんへ伝えたいこと
「今が一番つらい」と感じているお母さんへ。思春期はほぼ全員に訪れる嵐です。特に発達障害のある子は、その嵐が激しく長くなることがある。
でも、嵐の後には必ず晴れ間が来ます。長男がそうでした。
焦らず、でも完全に手を離さず。子どもの変化を「今はこういう時期」と受け止めながら、その子に合った出口を一緒に探し続けることが、この時期の親の仕事だと思っています。
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