🍎幼児期に発達障害の特性に気づいたら?我が家の育児プランと支援の道のり(次男)【後編】

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6. 学校・病院・センターの“分断”とその対処法

センターに幼児期からの情報があるはずなのに、小学校へは引き継がれておらず、親がいちから説明するしかない状況。
病院・学校・センターは「連携して支援します」と言うものの、現場では全く伝わっていないのが現実でした。

この状況には本当に困りました。仕事を休んでは各所に通い、相談する。でも先生たちは『話を聞くのが仕事』との認識が強く、過剰に『よく頑張ってきましたね』『お母さんの力が素晴らしい』等、頷くばかりで一才先に進まずヤキモキしました。

結果、開き直り自分でお膳立てをし実際動いてもおうと思う先生に低姿勢でお願いすることにしました。その際、時間がかからないように、手間にならないように内容を考えました。

次男が3年の時支援級で1週間に1〜2時間個別に学習をしてもらえる時間をもらいました。先生はなぜか字形の認識ができない次男が気になったのか、カタカナと簡単な漢字をずっと繰り返し練習させてくれました。時間の目測ができない、との親の話に時計の訓練も繰り返してくれました。ただこれだけの内容で何ヶ月も続けるのです。

それに対して先生にお願いしたことは、漢字やカタカナは大体の形が合っていればよいとしてください。見え方が違う、等の特性に対して同じことを繰り返してもあまり進展が望めない気がするので。時計の練習も1回の授業で1題を次男が理解できるように説明してください。算数の時計の文章題ばかりの教材を私が用意し持参しました。残りの時間は国語の文法、話し方(1年生用)の教材を私が選んで持ち込みました。もちろん丁重にお願いしました。

特性の様々な支援級でその子に合った学習をしてくれているんのだと思います。しかし育ててくれた親の方が足りない部分や支援してもらいたい部分はよくわかります。限られた時間、次男と向き合って教えてもらえるのなら少しでも有効に使わせてもらいたいし、具体的にやることをお願いした方が先生も助かる、といってくれました。実際、家では算数だけ。それでも算数の文章問題が理解できず困っていました。(親が読んで説明したら理解できる) 家で読む・理解する練習をする手間がなかったのでそこをお願いしたかったのでとても助かりました。徐々に文章理解も良くなったように思います。その進捗を支援の先生と定期的に確認し、次の内容を考えました。


7. 支援級での出会いと、少しずつ開かれた世界

次男は2年生で担任とのトラブルがあり、3年生から支援級に入ることとなりました。支援級を「逃げ場」として与え今後責任を持って手厚く対応します。という校長先生の説明でしたが、案件を問題としないで終わらせようとの意図は明確。納得できない保護者もいましたが主な被害者であった次男を含めた3人(みんな支援の子供)の保護者は子供によくしてくれるなら、と納得しました。

今思えば、支援の子供を心配する親を丸め込むのは簡単だったろう、と思います。

もちろん、教育委員会に報告されることはありませんでした。当該教師は3月に転勤扱いに。

それでも、結果的には相談する場が増えたこと、6年生では熱意ある支援の先生に出会えたことが、次男の大きな支えになりました。


8. 小学校時代を振り返って

長男も次男も、小学校を「楽しかった」と言える時間が持てたのは、家庭での学習と支援計画の積み重ねがあったからこそだと思います。

  • 長男:いつも友達の数は少ないけど対等な友人関係を築けた。自分の時間を長く持ちたいので必要以上に他者とは関わらなかったけど、本人は毎日を楽しいと思えているようでした。4年生の時作文で学年代表となり全校生徒の前で作文を読んだ、とのことを先生から聞き驚きました!
  • 次男:3年生までは体育の時間に一人で教室に取り残されたり(みんなが準備して出るのに全く気づけない)、学校内で迷子になったり、ランドセルを無くしたり、いつも目が離せませんでしたが(本人は困っていない)6年でバスケに出会い、新たな友人と活発な日々を送れました。見違えるように社交的になりました。ついて行けていないことに気づけるようになり、分からないことを聞けるようになりました!

勉強面では、長男は平均より上、次男も真ん中程度で卒業できました。

まだまだ通過点ですが、親としては結果上々です。入学時の2人を思うと素晴らしい変化だと思います!いつも窓口として頼りにさせてもらった先生、他よくしてもらった先生たちに感謝です。

もちろん、支援の先生なのに全く知識を深めないのに上からの態度。媚びてくる保護者の子供には特別扱い等、関わりたくない先生もたくさんいらっしゃいました。出会った時には愛想笑いで挨拶をし、やり過ごしました。


9. まとめ:親が「育ちの道筋」を描いていくということ

診断の有無に関わらず、「気づいたときがスタート」。大まかな計画を持つことが大事だと思います。

学校任せにはできません。学校の仕組みや物を知ること。自分の計画に沿ったプランを意識すること。
親が学び、関わり、立ち回ることで、支援の質が大きく変わることを実感しました。

せっかく大事な小学校時を助けてもらわないなんて勿体無いです。子供の人生は大きく変わる6年間です。

これからも、理想と現実の狭間で悩みながらも、
「今度は、この子たちが中学を卒業するまでに、自分の足で立てる力を育てたい」

中学校では学習面、生活面の修正。子供たちが望む社会生活を想像しての進路計画。思春期に入ると親は具体的な対応から外れないといけないなあ、等考えながら進めていきます。

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