「この子、もしかして発達障害かも……」そう気づいた時、あなたは何を感じましたか?
不安、焦り、そして「何をすればいいんだろう」という途方に暮れる気持ち——我が家もまったく同じでした。でも、そこからの一歩一歩が、今の子どもたちをつくってきたと思っています。
今回は、私が幼児期に2人の息子(長男ADHD・次男ASD)の特性に気づいてから、どんな育児プランを立て、どんな支援の道を歩んできたかを、前編としてお話しします。
🟠 「この子たち、どうしよう」——診断前の混乱と孤独
長男も次男も、幼児期から「ちょっと違う」と感じることがありました。診断名はまだなかったけれど、強い確信があった。でも周りに打ち明けられる人もなく、「気のせいかな」「育て方が悪いのかな」と自分を責める日も少なくありませんでした。
2人はタイプがまったく違いました。長男は閉鎖的傾向があり、なかなか動かない。次男はこだわりが強く、切り替えが苦手。同じ親なのに、どちらにも通用する「答え」がなかなか見つからなくて、毎日が手探りでした。
「診断がおりるまで待つべき?」「今からできることはある?」——そんな問いを繰り返しながら、私はとにかく動き始めることにしました。診断を待つより、今できることを積み重ねよう、と。
周囲のお母さんたちが「うちの子は〇〇ができた!」と話しているのを聞くたびに、胸が痛むこともありました。比べてはいけないと分かっていても、どうしても比べてしまう。そんな自分が嫌になることも。でもその葛藤が、「この子たちのために何かしたい」という原動力にもなっていきました。
🟦 我が家が立てた「育児プラン」——まず学習の土台を作る
最初に目指したのは「学習面の自信づけ」でした。小さいうちから算数に慣れ親しんでいれば、小学校中学年以降で教科が増えても対応できる。それが自信になり、周囲からも「あの子はできる」と思われることで、本人の自己肯定感につながると考えました。
もちろん高学年の困り事を幼児期に全部想定はできません。でも「算数が得意」という一本の柱を作ることが、子どもの精神的な支えになると感じていました。
発達障害の子は、「できない」という経験が積み重なると自己評価がどんどん下がっていきます。逆に「これなら自分でもできる」という感覚が一つでもあると、そこが足場になる。だから最初に目指したのは「完璧」ではなく「一つでも自信になるものをつくること」でした。
📌 学習習慣づけのタイミング
友人の紹介で、発達特性に理解のある先生に出会い、通信教材を始めるタイミングについてアドバイスをもらいました。
- ひらがながある程度読める
- 数字が書ける
この2つが目安。長男は年中から、次男は年長からスタートしました。最初はうまくいかない日の方が多かったけれど、「続けること」そのものが目的だと割り切ることで、少しずつリズムができていきました。
「今日もできなかった」という日も、「机に向かった」「鉛筆を持った」だけで十分。そう思えるようになるまでに、ずいぶん時間がかかりましたが、その「続けた事実」が子どもたちの中に積み重なっていきました。
🟦 学校・支援機関との連携——情報収集が鍵だった
幼稚園・保育園の先生への伝え方にも気を使いました。「過剰な要求にならないように」「支援対象であることを認識してもらいながら、許される範囲を模索する」——そのバランスが難しかったです。
先生に話す時は、「こうしてほしい」という要求より「こういう特性があります」という情報共有を意識しました。先生も忙しい中で全員を見ています。過剰な負担をかけるより、「一緒にこの子を支える仲間として関わってほしい」というスタンスで話すと、協力してもらいやすかったです。
特に助かったのは、同じ支援っ子のママたちとのつながりでした。私はもともとママ友が多いタイプではありませんでしたが、仲良しのママ友がネットワークを持っていて、相談すると情報を集めてくれました。一人で抱え込まないことの大切さを、このとき学びました。
支援機関との関わり方も少しずつ学んでいきました。「どこに相談すればいいか」「何を伝えるべきか」——最初はわからないことだらけでしたが、一つひとつ確認していくことで、子どもたちに合った支援の道が少しずつ見えてきました。
🟩 発達凸凹の子に「続けられる学習」を——スマイルゼミという選択
発達障害の子どもの学習で特に難しいのが「続けること」です。テキストだけの教材は集中が途切れやすく、宿題と同じ形式では嫌がることも多い。
そこで次男が小3から使い始めたのがスマイルゼミでした。タブレット画面でアニメーションが動き、キャラクターが反応してくれる。テキストより「図と動き」で理解するタイプの子に、とても合っていました。
- 自分のペースで進められるので、焦りが生まれにくい
- 正解するとご褒美アニメが出て、達成感が得やすい
- 学習記録が残るので、親も状況を把握しやすい
- 画面タッチで書けるので、鉛筆が苦手な子にも取り組みやすい
「紙のドリルは嫌」な子でも、タブレットなら自分から取り組む——そういう変化が起きやすいのが、スマイルゼミの強みだと感じています。我が家では次男がIQを84から113に上げる過程で、スマイルゼミが継続学習の軸の一つになっていました。
📝 まとめ:診断前からできることがある
「診断が出てから考えよう」ではなく、気づいた時がスタートだと私は思っています。診断前でも、特性に気づいた段階でできることはたくさんあります。
- 学習習慣のベースを作る(「続ける形」を先に整える)
- 学校・園の先生と情報を共有する
- 同じ境遇の親とつながって情報収集する
- 子どもに合った学習ツールを早めに探してみる
完璧な育児プランなんて存在しません。でも「今日できること」を一つひとつ積み上げていけば、必ず道が開けます。次男がIQ84から113に上がったのも、そういう積み重の先にあった結果です。
後編では、小学校中学年以降の支援と、兄弟間の関わり方についてお話しします。
「何かが違う」と感じた最初の瞬間
「この子、発達障害かもしれない」と初めて思ったのは、次男が2歳半のころでした。公園で他の子が遊んでいても一人でくるくる回っていること、特定の物音に泣いて飛びつくこと、決まった順番が崩れると何十分も泣き続けること。
「個性だよ」「男の子はそんなもんだよ」という言葉に何度も救われようとしましたが、心の底にある「でも……」は消えませんでした。
幼児期に動き始めてよかったこと
専門機関に相談したのは、3歳の健康診断がきっかけでした。保健師さんに「少し気になることがあって」と話したら、あっさり発達支援センターを紹介してくれました。
正直、「大げさかな」という気持ちがありました。でも相談して本当によかったと思っています。早い段階から次男の特性を言語化できたことで、幼稚園の先生への伝え方も、家での関わり方も、整理できるようになったからです。
早期発見・早期支援は「障害を認めること」ではなく、「子どもに合ったサポートを早く届けること」。そう気づいてから、気持ちが少し楽になりました。
幼児期の療育で実感した効果
次男は3歳から週1回、児童発達支援に通い始めました。最初は「遊んでるだけじゃないか」と思っていましたが、担当の先生が後で教えてくれた「今日やっていたこと」の意味を聞いて、驚いたことを覚えています。
- 順番に並ぶ遊び → 「待つ」練習
- 砂遊び・粘土遊び → 感覚統合のアプローチ
- 模倣遊び → 社会的コミュニケーションの基礎
子どもにとっては「楽しい遊び」が、専門家の目から見れば丁寧に設計された療育になっている。その積み重ねが、就学後の適応力につながっていきました。
家でできる「幼児期の関わり方」のヒント
療育に通えない日も、家での関わりが大切です。専門家から教わったことで、今でも役立っていると感じることをまとめます。
- 「次は〇〇するよ」と事前予告する:急な切り替えが苦手な子には、予告が安心感を生みます。「あと5分で終わりだよ」「次はお風呂だよ」を繰り返す。
- 「できた!」を大げさに喜ぶ:小さな成功を具体的に褒める。「靴自分ではけたね!すごい!」小さな自信の積み重ねが、大きな自己肯定感になります。
- 絵カード・視覚支援を使う:言葉だけでなく、絵や写真で示すと伝わりやすい子がいます。市販のカードを使っても、手書きの絵でも大丈夫。
「もっと早く気づいてあげていれば」と後悔するお母さんもいます。でも、気づいた今が一番早い。今日から動けばいいんです。
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